2019年ラグビーW杯日本大会で、日本代表は史上初の8強入りを果たした。なぜそれだけの成果を残せたのか。ラグビー日本代表の姫野和樹さんは「W杯までの4年間は、それまでの僕の人生の中でも間違いなく最もタフな4年間だった。人生で心身ともに一番追い込まれた。それだけのトレーニングをこなしたからこそ、世界の強豪とも戦えたのだろう」という――。
※本稿は、姫野和樹『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
エディー・ジャパンは早朝5時から練習開始
みんなのために、チームのためにベストを尽くす――。口にするのは簡単だが、実際に行動に移すのは簡単なことではない。
簡単ではないからこそ、試合だけでなく練習中から、常時全力の献身的な考え方とプレーが求められる。チームのために、自分のすべてを捧げなければいけない。
特に、日本代表ではそれが厳しく求められる。いや、求められ続ける。
これまでにも日本代表のトレーニングの厳しさは、何度か話題になったことがあった。
2015年のワールドカップで南アフリカ代表を破ったエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ時代の日本代表合宿も相当タフだったと聞く。練習開始時間は朝5時だったそうだ。
世界と戦えるチームを作った過酷なトレーニング
「あんなキツいことはなかった」
「あれほど追い込まれたのは人生で初めて」
「エディーが何度も鬼に見えた」
ワールドカップ後、代表選手の誰もがそう口を揃えた。当時の日本代表の“顔”だった五郎丸歩さんも、日本代表のトレーニングの凄まじさをこう振り返っていた。
「“もう一度、この4年間をやれ”と言われても絶対にできない」
南アフリカ代表戦のアップセットを含めて予選リーグで3勝をあげて世界中を驚かせたあの日本代表は、今の日本ラグビー界の大きな転換点になった。
当時大学生だった僕を含めて、あの試合を見ていたすべての選手、子どもたちが「日本も世界と戦える」という意識を持つことができた。
ほんのわずかの差で予選突破こそならなかったが、“史上最強の敗者”と世界中から称えられる結果を残せたのも、そうした過酷なトレーニングが実を結んだからだ。