じつは庶民も住みやすい渋谷区広尾

それでは都心を、中上層階級と下層階級が共存する平和な空間へと導くことはできないのだろうか。私は、十分可能だと考える。そのモデルとなりうるのは、渋谷区広尾である。東京メトロ日比谷線の広尾駅から地上に出てみよう。西側にはかつて下総佐倉藩の屋敷のあった高台があり、聖心女子大学と高級マンションの広尾ガーデンヒルズが立地している。東側の南麻布五丁目は外国人が多く住む高級住宅地となっており、近くには高級スーパーが2つある。

ところが地下鉄の出口と聖心女子大学をつなぐ駅前商店街の広尾散歩通りは、魚家、八百屋、惣菜屋、銭湯などが並ぶ、いたって庶民的な商店街である。それというのもすぐ近くに、戸数が696戸と大規模な都営広尾五丁目アパートがあるからだ。都営住宅の存在が庶民的な商店街を存続させ、この地域全体を、庶民の住みやすい場所にしているのである。

エコノミストの増田悦佐もいうように、このアパートの存在が広尾の高級住宅地への純化を妨げ、高級住宅地と庶民的な商店街が共存する「平和な光景」を生み出したのである(増田悦佐『東京「進化」論』)。

外苑西通りと都営広尾5丁目アパート(=2011年5月25日、東京都港区)
写真=時事通信フォト
外苑西通りと都営広尾5丁目アパート(=2011年5月25日、東京都港区)

都心の公営住宅が相互理解を促進する

ジェントリファイヤーが利便性を求めて都心に流入してくるのを押しとどめることはできない。しかしジェントリファイヤーの空間として純化してしまうと、都心はそれ以外の人々が住むことのできない場所となる。そして彼ら・彼女らを顧客とする企業は、都心を富裕な人々しか入り込めない空間へと改造してしまうだろう。そうなると都心は、格差拡大を歓迎し所得再分配に反対する、富裕な新自由主義者たちの楽園となってしまう。

そこでは豊かな人々のことしか知らない子どもたちが純粋培養され、生まれつきの新自由主義者、庶民の生活に理解のない傲慢ごうまんなエリートたちが再生産され続けるだろう。そのような事態は避けなければならない。都心の公営住宅は、そのための重要な手段として機能するだろう。多様な階級が混住する地域では、階級間の対立は緩和され、相互の理解が生まれる。こうして社会は、より平和なものになっていくはずである。

もっとも、現状の都営住宅に問題がないわけではない。所得制限が厳しく、低所得者向けに純化しているため、それ自体が差別や敵対の原因となりかねないからである。こうした事態を防ぐためには、都営住宅を大幅に増設した上で、一律に所得制限をかけるのではなく、家賃を所得に応じた応能負担の形で定め、幅広い所得階層が混住できるようにする必要がある。

都心を特権階級の専有物にさせてはならない。都心は、都市に住むすべての人々の共有物であるべきだ。このことを都心における住宅政策の基本におきたいものである。

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