東京23区で不動産価格の高騰が続くなか、相場より割安な都営住宅に注目が集まっている。早稲田大学の橋本健二教授は「現在の傾向が続けば、都心は富裕層しか住めない場所になってしまう。都心にこそ公営住宅を増やし、幅広い所得階層の相互理解を進めるべきだ」という――。

港区と足立区の間には3.83倍もの所得差

ここ30年ほどの間に、東京の空間構造は激変した。ひとことでいえば、都心に近いほど富裕層、職業でいえば経営者や管理職、専門職などが多く集まり、周辺部へいけばいくほど、貧困層やそれに近い人々、職業でいえば生産現場や工事現場、流通場面などで働く労働者が多いという構造が、格段に強化されてきた。こうして都心がもっとも豊かで、周辺で行くにしたがって貧しくなるという、都心を頂点とする単峰型、つまり富士山のような空間構造が確立したのである。

【図表1】は、1975年から2020年まで5年ごとに、東京23区の1人あたり課税対象所得額の推移を示したものである。それぞれの折れ線は、東京23区全体の平均を1としたときの、各区の所得水準を示している。グラフが23本もあるので、わかりやすくするため凡例では23区を、2020年における所得額にもとづいて上から順に並べておいた。

【図表】東京23区の1人あたり課税対象所得額の推移(23区平均=1)
図表=筆者作成

線の色は、千代田・中央・港の都心3区と渋谷区を赤、「山の手」と呼ばれる西側の区を黄、「下町」と呼ばれる東側の区を緑としてある。2020年の場合、もっとも所得が高いのは港区で、23区平均の2.49倍である。これに対してもっとも所得が低いのは足立区で、23区平均の0.65倍。したがって港区と足立区の間には、実に3.83倍もの差があることになる。

1975年の格差は、それほど大きくない

格差の動向をみていこう。1975年には、もっとも所得の高い千代田区が23区平均の1.64倍、所得の低い足立区は0.71倍だった。両者の比は2.29倍で、格差はそれほど大きくない。1980年はほとんど変化がないが、1985年から格差が拡大し始め、バブル経済の最盛期を迎えた1990年には、格差が大幅に拡大する。しかしバブル崩壊後の1995年にはほぼ1985年の状態に戻っている。バブルで高所得者の所得が乱高下したからである。

しかし格差は、ふたたび拡大を始める。2005年までの都心部の所得の上昇はすさまじく、格差はバブル期を上回る大きさに達し、この過程で港区が千代田区に代わってトップに躍り出る。これに対して下町では1995年以降、山の手でも世田谷区、新宿区、杉並区など多くの地域で2005年以降、所得が低下傾向を示すようになっている。

リーマンショック後の2010年には、一時的に都心の所得額が低下あるいは横ばいとなるが、周辺部の所得額も低下したから、格差は縮小しなかった。そして2015年以降、都心およびその近辺の所得が回復し、さらに上昇を示したのに対して、周辺部の所得は低下を続けている。港区は所得水準が上限にでも達したのか、やや横ばい傾向だが、悠々のトップであることに変わりはない。