奴隷解放運動のヒーロー奇術師

●潜入スパイ:ヘンリー・「ボックス」・ブラウン(1815頃~1897)

僕は敏腕強盗とはとてもいえない。実はこれまでに、欲しいものを盗んだことなど一度もないという犯罪歴のわびしさだ。でも、映画『グランド・イリュージョン』(2013年に公開された、奇術師が登場するアメリカの犯罪映画)を見て、華を添えるためだけにも奇術師がいるんじゃないかと気がついた。

たちまち思いついたのはもちろん、偉大なるハリー・フーディーニ(1874~1926)――驚くべき強靭きょうじんさ、敏捷さ、呼吸調節力、それに集中力を併せ持つ「脱出王」――だ。ただし彼の虚栄心もまた相当なものだった。しかし僕が求めているのはチームの和を乱さない人物だ。

それからジャスパー・マスケリン(1902~1973)がいる。彼は第二次世界大戦中にイギリス軍に参加した奇術師で、アレキサンドリア港を消滅させたり偽の軍隊を出現させたりしてナチスを翻弄ほんろうしたと主張している。本当だとすれば大したものだ。しかし現代の研究者は、実は彼は無節操にほとんどの話をでっち上げたと疑っている。なんて恥知らずな! こいつはお断りだ……。

そんなわけで僕が選んだのはヘンリー・「ボックス」・ブラウンだ。ブラウンは1815年頃、ヴァージニア州で奴隷の子として生まれた。妻と子が奴隷として売られたことを知って逃亡を決意し、奴隷解放運動家の助けを得て、小さな木箱のなかに隠れて州を脱出した。

窮屈な箱に閉じ込められた彼は、水入りの小瓶とビスケット(アメリカ風ビスケット、つまりイギリスでいえばスコーン)だけを手に、汽車や荷馬車を何度も乗り継いで移動したのだ。こうして彼は安全と自由を手に入れた。

ブラウンは奴隷解放運動を象徴するヒーローとなり、やがてイギリスに渡って各地で箱に隠れるパフォーマンスを行って観衆を喜ばせた。その後、巡回奇術師となり、観客を幻惑させて欺く技術を磨いた。そこで、――もし彼が同意してくれるなら、僕たちも快適性に気を配ることを約束する――彼を箱に詰めてカジノの金庫室に送りつけようと思う。そうしたら箱から飛び出して、盗みを始めてくれるだろう!

賄賂も使う墓泥棒

●金庫破り:アメンパヌファ(紀元前2世紀頃)

ときには常習犯が役に立つ場合もある。盗みの手際がいいだけでなく、警察への対処方法も知っているからだ。歴史上、名高い大泥棒は何人もいるが、金庫破りの大任はこの古代エジプト人労働者にまかせたい。

3000歳になるアメンパヌファは常習的な墓泥棒だった。彼のことが知られているのは、紀元前1108年に書かれたマイヤー・パピルスにその自白が記されているからだ。つまり最後には裁きの場に引き出されたということだが、自白によると、彼は多くの墓で盗みを働き、捕まると役人に袖の下をつかませて自由を取り戻し、次の墓を盗みに行ったという。頼んだよ!

通算4257勝の戦車乗り

●逃走運転手:ガイウス・アプレイウス・ディオクレス(104~146頃)

状況がまずくなって急いで逃げなければならなくなったら、俊敏で強気で、迫りくるどんな障害物でもかわせる人間が必要だ。そこで登場するのが古代ローマの有名な戦車乗り、ディオクレスだ。

グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)
グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)

獲得した賞金を現代の通貨に換算すれば、彼は史上最高額を獲得したスポーツ選手となる。1462回も勝利した、非常に優れた戦車乗りだっただけではない。きわめて危険なことで知られるこの競技を生きのびたということ自体、驚くべきなのだ。

4257勝をあげたのちに引退したが、ほとんどのライバルたちはそれよりずっと前に事故死していた。ディオクレスは天才だったのか、はたまた信じられないほど幸運だったのか。どちらにしても、車の鍵を預ける相手は彼しかいない。

これでドリーム・チームが完成した。犯罪計画を持ってこい! ただし、ヨシフ・スターリンにだけは知らせないでほしい。さもなければ、僕たちみんな死ぬことになるから……。

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