賃上げと増税をどう考えたらいいか

それでは、岸田政権が掲げる政策はどうだろうか。経済政策で目指している「成長と分配の好循環」は目標としてはよい。とりわけ賃上げは、安倍元首相も取り組んでいた重要課題だった。しかし、アベノミクスで企業の業績が改善しても、企業は収益をもっぱら海外投資に振り向け、国内投資や労働者への分配には消極的だった。

さらにデフレ環境下では、中小企業が消費税の増加分を価格に十分に転嫁できなかったことも、賃金の伸び悩みの一因ともなっただろう。賃金を抑制気味にして安くものを作り、それを競争力のある価格で外国に売るという体質が、日本の経済には今なお残っている。そんな環境下で、所得をより労働者のほうに持っていこうという岸田政権の基本方針は正しいと思う。

また、5年で1兆円とされるリスキリング支援や労働移動の円滑化を促進しようとしている。それらは日本企業の生産性向上に加え、労働者の賃金上昇につながるかもしれない。しかし、若者よりも中高年の労働者を重視する政策だけで日本に活力が戻るかは疑問だ。より重要なのは、若い世代がこれからの日本を自由に発想できる世界に変えていくことである。学校では記憶力でなく問題解決能力で評価するような教育を実施し、労働市場では年齢や雇用形態に関係なく、組織に対して積極的に意見を述べて経営改善できるような会社制度の民主化が望まれる。

そして、岸田首相は、ウクライナや台湾といった緊迫が続く国際情勢を考慮して、防衛費の大幅増額を打ち出した。これは国民の安全を守る朗報だと思う。防衛費をGDPの2%にすると宣言するだけでも、わが国の抑止力を強化することにつながる。

国防のための経費は、もちろん国民が負担するべきものだ。それを長期にわたって国債に頼ろうとすると、インフレが発生して国際収支が悪化し、国民は貧しくなってしまう。したがって、長期的には国民は増税を覚悟しなければならない。しかしながら、社会に供給余力があってデフレ圧力が残るとき、財務省の望むように増税で一挙にプライマリーバランスを回復しようとすると、GDPが縮小してしまって国民の負担をより一層増やしてしまう。短絡的な増税の実施や予告は経済の活力を損なう恐れがあるので、慎重な舵取りが望ましい。

23年4月末、岸田政権が指名した植田和男新総裁下において、初めての日銀金融政策決定会合が開かれた。そこでは、短期金利をマイナスにして長期金利をゼロ%程度に抑える、大規模な金融緩和策を維持することに決まった。アベノミクスの方向性を続けることになったわけで、新総裁を任命した岸田首相の選択は基本的に正しかったといえよう。

22年3月に始まった円安が、実際の景気に反映するまでには約2年はかかるとされる。今回の円安の恩恵を生かしつつ、岸田政権には新たな成長路線の実現を期待したい。

(構成=川口昌人 写真=時事)
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