酒場で詩集を読むダンディズム

一人で酒を飲んでもつまらないというひとがよくいるけれど、ぼくはそんなことはなくて、一人で、周囲を気にせず、黙って飲むのも好きだ。そして飲みながら、ぼんやりと、なにかを読むのが好きだ。ほんとに周囲を気にしないのだったら、ぼくは詩集を読むかもしれないけれど、酒場と詩集というのはどうもそぐわないような気がする。まわりでオダをあげているひとたちの雰囲気を、詩集を読むという姿勢は、すこしこわしてしまうような気がするのである。それで酒場でぼくが愛読するのは東京スポーツで、悲惨胃袋ガエシとはいかなる技かというようなことも、ぼくは日暮れの酒場で学んでいる。

——辻征夫「引退した怪人二十面相は招き猫に似てる」

辻とおなじく日本の現代詩人・清水哲男のエッセイに、往年の名レスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャー讃歌がある。

近藤康太郎『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)
近藤康太郎『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)

私はいま、アブドラ・ザ・ブッチャーという反則屋にたいへん興味を持っている。(略)彼は相手をまともに見ることをしない。その目は常に宙空をさまよっていて、放心状態のようでもあり、何かを考えているようでもある。攻撃を受けても、ほとんどコタエタ様子が無い。

(略)ブッチャーのファイトを見ているうちに、人はみなこいつは狂人だと思ってしまう。なぜそう見えるのかをいろいろと考えてみたのだが、結局は、どうやらそのうつろな目に主因があるようである。

——清水哲男「不思議な国のブッチャー」

辻の先の文章は、おそらく清水のこのエッセイが頭の片隅にあったのではないだろうかと、わたしは妄想している。辻が読んでいる東スポの記事「ブッチャー流血!」は、だから、ほんとうはスポーツ紙でさえなかった。

酒場で詩集を読んでいる。サカバのダンディズム。カサブランカ・ダンディ。

ピカピカの気障きざでいられた。

【関連記事】
これだけは絶対にやってはいけない…稲盛和夫氏が断言した「成功しない人」に共通するたった1つのこと
「お金が貯まらない人の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は絶対に置かない"あるもの"
「人間は本来、40歳を過ぎたら余生」養老孟司さんが82歳で大病を経験してたどり着いた"境地"
「旅行」よりお金がかからずストレス解消効果が高い…人生が激変する「朝4時30分起き」の始め方
ChatGPTに神戸大MBAの宿題を解かせた結果…大学教授が「これでは合格点は出せない」と結論づけた理由