「このチームの監督は誰だ?」

小倉は「スタッフが書き間違えたのかもしれない」と思いオシムに確認したら「いや、これで行く」と言う。その瞬間、自分でも顔が真っ青になるのがわかった。噴き出した額の汗をぬぐいながら「実は選手に言ってしまいました」と伝えた。

沈黙が流れた。

「このチームの監督は誰だ?」

オシムさんです。

「いや、おまえは監督か?」

いいえ、違います。

「俺は最後の最後までいろいろ考え決断している。この選手を外して、この選手を入れるといったことを決めるのは大変な作業だ。選手には家族もいる。子どもがいるやつもいる。それでも俺は決断しなきゃいけない。それを軽はずみにおまえが伝えたことによって、この選手をバスから降ろさないといけない。おまえはそれを誰かに頼むのか? マネージャーに頼むのか?」

悩めるビジネスマン
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(そんな……。自分で行くしかないじゃないか……)小倉は「いや僕が行きます」と伝えた。

「俺たちは、それぐらいの決断を毎試合しているんだ。監督だけじゃなくて、おまえたちもそうだろう。だから、そこは慎重にも慎重をきたせ。選手はモノじゃない。右から左に簡単に動かしていいものじゃないんだ。生身の人間だ。感情がある。その扱いを間違えるな」

オシムがコーチに激怒した理由

小倉はダッシュでバスに駆け込み、サブから外れた選手を探した。

「申し訳ない。俺のミスだ。メンバーが替わったからバスを降りてくれないか」

小倉はそのベテラン選手に「こころから詫びなければ」と必死だった。

「指導のやり方や、練習のノウハウよりも、このときにオシムさんに言われた言葉が残っていますね。そういった一つひとつの人生の教訓じゃないですけど、人としての向き合い方を教えられました」

小倉は指導者生活を経て、横浜マリノスでGМに。監督以上にダイレクトに選手の人生を左右する立場になった。選手それぞれの背後には家族がいることを意識しながら仕事をした。また、小倉以外のコーチが「Aが最近調子がいいので、Bと入れ替えませんか?」と提案したときも、オシムは雷を落とした。

「この選手の後ろには家族がいるんだぞ。なぜその選手のほうがいいのか、ちゃんと裏付けがあるのか? 別に俺に意見を言うなということじゃない。ただ感覚でとか、なんとなくでものを言うな」

小倉は筆者とのインタビューで「失敗談ばかりで恥ずかしい」と幾度となく言った。穴があったら入りたい、と。とはいえ、小倉はジェフから代表へとオシムに連れて行かれた。オシムが最後に率いたクラブがジェフで、最後に代表監督をやったのが日本になったが、その両方でコーチとして支えたのだ。