がんを攻撃する免疫細胞のブレーキを解除

ところが、こうした免疫細胞のブレーキを解除する「免疫チェックポイント阻害薬」の登場によって、免疫療法は劇的に進歩しました。代表的な薬は、ニボルマブ(商品名オプジーボ)です。当初は悪性黒色腫という皮膚がんにだけ保険適用されていましたが、今では非小細胞肺がん、腎細胞がん、胃がんなどのさまざまながんに使えます。興味深いことに、自然退縮が起こりやすいがんには、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすい傾向があります(※1)

もちろん、免疫チェックポイント阻害薬を使っても治らないがんはあります。また、免疫チェックポイント阻害薬は、抗がん剤のような脱毛や血球減少は起こりにくいものの、免疫系が強く働き過ぎることで間質性肺炎や大腸炎や皮膚障害といった副作用が生じることが知られています。夢の特効薬ではなく、副作用に注意しながら専門家が適切に使う必要のある薬です。とはいえ、効果が不明確で値段だけは高い自費診療の免疫療法よりはずっといいのは間違いありません。

ニボルマブだけでなく、さまざまな新しい免疫チェックポイント阻害薬が次々と開発されています。他の治療法との組み合わせ、使うタイミングや使用期間についても新しい知見が蓄積され、治療成績は向上しています。まだ小規模の先行研究の段階ですが、「ドスタルリマブ」という免疫チェックポイント阻害薬だけで局所進行直腸がんが消失したという報告があります(※2)。もしかすると、手術なしに薬だけで、がんが治るようになる時代が来るかもしれません。

※1 Meta-analysis of regression of advanced solid tumors in patients receiving placebo or no anti-cancer therapy in prospective trials
※2 PD-1 Blockade in Mismatch Repair-Deficient, Locally Advanced Rectal Cancer

移行期のがん細胞イメージ
写真=iStock.com/Christoph Burgstedt
※写真はイメージです

患者さんの体内のT細胞を改造し、がんを攻撃

また免疫チェックポイント阻害薬だけではなく、がん細胞と戦う免疫細胞を改造する「キメラ抗原受容体T細胞療法」も、一部の血液系のがんに対して保険適用されています。キメラ抗原受容体T細胞療法というのは、患者さんの体内にある「がん細胞を殺す働きのある免疫細胞」であるT細胞をいったん取り出し、キメラ抗原受容体を導入し、培養して数を増やした上で患者さんの体に戻すという治療方法です。

抗原受容体というのは「がん細胞の抗原を認識する部分」で、T細胞に抗原受容体をくっつけただけでは、ただの「がん抗原を認識するT細胞」であり、ブレーキがかかってしまって十分な効果を発揮できません。そのため、もう一工夫として免疫細胞を元気にする共刺激分子「アクセル」を抗原受容体にくっつけます。いろいろ混ぜ込むので「キメラ抗原受容体T細胞」と呼ばれるのです。

「キメラ抗原受容体T細胞」は患者さんの体内でも増えるので、1回投与で十分です。いわば「生きている薬」といえるでしょう。現時点では血液系のがんのみが治療対象ですが、固形がんへの応用も研究されています。

以前、このキメラ抗原受容体T細胞療法の初期の論文を読んだとき、私は衝撃を受けました(※3)。他の治療が効かなくなってきた難治性の白血病に対し、劇的な効果を発揮していたからです。その効果のほどは、あまりにも効きすぎて免疫細胞が一気にがん細胞を殺し尽くし、大量のがん細胞の死骸によって高尿酸血症や高リン酸血症といった腫瘍崩壊症候群が起きたほどでした。

※3 Chimeric antigen receptor-modified T cells in chronic lymphoid leukemia