リクルーターとの雑談で抱いた違和感
【塩田】リポートには出していない話ですが、リクルーターとの会話で印象的なシーンがありました。リクルーターは関係構築のために犯罪の勧誘以外にも雑談の電話をかけてきます。あるとき電話越しにウータン・クランの「C.R.E.A.M.(Cash Rules Everything Around Me)」が流れてきたのでその話を振ったら、彼は「『金がすべて』というテーマで、俺の応援歌みたいでテンション上がるんだよね」という。
しかしこの曲は、薬物取引や強盗が横行するゲットーの窮状を歌ったものです。生きるためにさまざまな犯罪行為をしても「人生は決して良くならなかった(My life got no better)」、「若者がこんな目に遭うのは間違ってる(Life as a shorty shouldn't be so rough)」という歌詞が続きます。カネがすべての環境でも、犯罪ではなく音楽で人生を変えようとする者たちの言葉です。
リーダーのRZAも「俺の周りではカネがすべてを支配する(Cash Rules Everything Around Me)、でもカネは俺を支配できない(but cash don't rule me)」と語っている。そんな曲の背景について話してみても、彼はまったく興味がなさそうでした。
映画や音楽は、自分とは違う境遇にいる他者の人生に感情移入することに醍醐味があるじゃないですか。しかし、リクルーターには他者の文脈はどうでもよくて、スラングを記号的に都合よく自分のほうに引き寄せているように感じました。
だれもが知っているものでないとシラけてしまう
ただ、これはリクルーターの男に限った話ではないと思います。おそらく僕がウータン・クランの話を会社の同期にしたら、知識でマウントを取っていると思われて、敬遠されるでしょう。知識とか記号的なものじゃなくて感情体験を共有したいんだけど、そうは受け取ってもらえない現実があります。
【宮台】そうして表現者や時代の文脈に言及して「おまえの聞き方は間違っているぜ」というコミュニケーションは92年まで普通でした。ところがこの年にカラオケボックスがブームになって音楽の聞き方が変わります。カラオケは社交の場だから、皆が知っていて盛り上がれる曲なら何でもいい。だからCMやドラマのタイアップ曲だらけになり、「歌えば拍手」の繰り返し。皆が知らない曲を耽って歌うと座がシラけるようになります。
さらにインターネットが加速装置になり、96年から政治・恋愛・趣味の話が「友人」関係で御法度になる。仲良しごっこにヒビを入れるからです。政治の話は価値観が表に出る。恋愛の話は奥手が乗れない。真に好きなものの話は好き嫌いが分かれる。その頃から過剰さがイタイと言われ始めます。援交もイタイ。オタクのマウンティングもイタイ。かくて96年以降、空気を読んで盛り上がれる話だけを喋るようになります。