アベクロの金融政策は、明らかに失敗だった。黒田前総裁は、2%上昇の物価安定目標を掲げて異次元緩和をした。しかし、物価が上がらない状況が10年続いた。直近こそ世界的なインフレで日本も消費者物価は上がっている。ただ、他の先進国とは実態が違う。たとえばオーストラリアは30年で家の価格が3倍になった。物価上昇で国民が苦しむかと思いきや、週末のレストランやショッピングモールはどこも盛況だ。物価と一緒に賃金が上昇しているからである。それに対して日本は物価に賃金が追いつかない。このままでは暮らしが厳しくなる一方だ。

なぜ異次元緩和で経済が良くならないのか

なぜ異次元緩和で経済が良くならないのか。異次元緩和とは、金利を下げ、市場に大量のお金を供給してデフレ脱却を図る政策であり、理論は20世紀の古いケインズ経済学にもとづいている。しかし、ケインズ経済学は閉鎖した空間における金利とマネタリーベースに関する理論であり、現在のような国境のない経済活動が当たり前の「ボーダレス経済」の下では成り立たない。

たとえば日本が金利を低くしたら、機関投資家やヘッジファンドは「これほど低金利で円が借りられるなら」と、円を借りて外貨に替えて運用する円キャリーが起きた。一方、アメリカはインフレ抑制のために金利を上げているが、あれはケインズ経済学を逆に使ったイカサマで、経済の弱い国からお金を吸引しているから景気はいいままだ。

輪転機を回し続けて刷ったお金は、もちろん国内にも流れている。アベノミクス2本目の矢は「機動的な財政出動」だったが、その原資は元をたどると「ヘリコプターマネー」だ。

ヘリコプターマネーは日本中にばらまかれて無駄な道路や建物に変わった。業者は儲かったが、経済波及効果はそこまで。私は日本中をバイクでツーリングしているが、道路と道の駅など公共のものは立派である。しかし、脇に立つ家屋は建て替えが進んでおらず、いまにも朽ち果てそうだ。ヘリコプターマネーが全国民の懐を潤すところまで行き渡っていないのだ。

効果がないのにこのまま輪転機を回し続けるとどうなるのか。日銀は異次元緩和で国債を買い入れ続けている。リフレ派は「満期がくれば繰り延べればいい」と主張しているが、そうしているうちに日本の政府債務(地方政府、社会保障基金含む)は対GDP比262%に達して、短期を除いた国債残高の半分以上を日銀が保有する事態になった。

一方、少子高齢化で日本の労働人口は減少中だ。小学校で習う加減乗除を使えば、減っていく人たちに増える借金を返せないことはわかる。このままでは破綻するか、大増税するしかない。

植田新総裁は東大を出た後、MITに進学して、イスエラル中央銀行総裁を務めた経済学者スタンレー・フィッシャーのもとで学んだ。フィッシャー門下生には、マリオ・ドラギ欧州中央銀行前総裁や、財務長官だったローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキFRB元議長らがいる。世界の頭脳を多数輩出するクラスで学んだ人物ならば、小学生でも計算できることを理解できないはずがない。植田新総裁が本物の学者なら、黒田路線と決別するはずである。