傑作を出し続ける東野圭吾の『秘密』はサスペンスが秀逸
次はSF作家でもあるジョージ・R・R・マーティンの『フィーヴァードリーム』。南北戦争前夜のミシシッピー川が舞台で、主人公は人間との共存を望むひとりの吸血鬼。彼は人の血を求める体質を克服するべきだと考えて、中年船長が個人で経営する汽船会社に就職して働き出す。働くんだけど、血を吸いたいという欲望に負けそうになったり、悪い吸血鬼との闘いがあったり、いろいろな事件が巻き起こる。
感動的なのはクライマックス近くの吸血鬼と船長が抱き合ってお互いの肩を叩き合う場面。フランス人映画監督ジョゼ・ジョヴァンニの作品に出てくる暗黒街の男たちが友情を確かめる抱擁シーンのようでカッコいいんですけど、この場合、相手は吸血鬼ですよ。いくらいい奴だとはいえ、抱き合っているときに首筋をチクッと噛まれるかもしれない。それでも船長はひるまない。これぞ究極の男の友情です。
大沢在昌『B・D・T [掟の街]』もSF的仕掛けを導入したハードボイルド。難民がたむろする近未来の東京が舞台です。著者自身、SF好きだってこともあって、あえて挑戦した実験的作品ですが、深みがあって魅力的なヒーローを描くことに成功しています。
それから、娘の体に事故で死んだ妻の心が乗り移る東野圭吾『秘密』もSF的ですね。彼はたくさんの傑作を書いていますけど、この作品はとくにサスペンスの部分が際立っています。
こうしたSF的な仕掛けは、ある種のけれんで、取り入れることで作家の美点がさらに生きるケースがありますね。馴染みの作家が新しい魅力を見せる瞬間に立ち合うことはミステリーファンにとって大きな幸せの一つだと思います。
最後にリーガルサスペンスの傑作を一つ。リチャード・ノース・パタースンの『罪の段階』は、ストーリーの半分以上が法廷シーンなんですが、親子や家族の絆といった人間ドラマもしっかり描かれている。文学的味わいも、プロットの上手さもすべて併せ持った、僕が一番好きな作家。なかでもこの本は何度も人にプレゼントしたことがあります。