作品を選ぶ慧眼も頼もしい

ここ数年、「頼もしいヒロイン」をテレビドラマ界は欲していた。「傍若無人な天才」とか「社会不適合だが特殊能力の持ち主」に偏りすぎて、飽きられていたところでサクラの暗躍。

きれい事でもなく、ちょうどいいあんばいの倫理観、社会常識と努力の経験をもつヒロインは、新しくて頼もしかった。親近感と頼りがいはあるが、目線の高さが同じヒロインって、実はあまりいなかったからな。

些末なことだが、安藤サクラの「女の演じ分けの魅力」のひとつに、脚の開き具合があると思っている。品のあるなしだけでなく、その女の本質が脚の開き具合に表れるものだ。

まだ30代なのに驚くほど幅広い年齢層を演じられるのは、いわゆる“仏像顔”だけが理由ではない。足の裏をべたっと地面につけて、何をするにも開脚気味に動くときもあれば、弱さと足りなさを表現するために重心を変えて演じているときもある。全身で体現してるんだなあと、感心することが多いのだ。

役によってブラジャーを変える

実際、映画『ある男』のパンフレットのインタビューで、サクラが役作りの意気込みを語っていた。

里枝を演じるにあたって「ちゃんと姿勢よく立って生活している女性でいるため、ワイヤー入りのブラジャーをつけるところから始めました」という。過去に演じてきた役はノンワイヤーブラで体の線を気にしないキャラクターが多かった、と。

この文言に、多くの女性は「なるほど!」と思ったに違いない。下着ひとつで女という生き物の本懐を表現し、しかもそれを正直に言葉にするサクラ。説得力があるし、女優として信用できるではないか。

ドラマのヒロインは、どんな状況であっても常に隙も乱れもない「嘘臭さ」や「生活感のなさ」が定番だ。事件や悲劇の渦中にいながらマスカラも口紅も眉毛も落ちず、髪型も完璧にセットされている。

観ている女性たちは声には出さないが、常に心の中で「んなバカな!」とツッコんでいる。こういう、些末だが実は肝の部分で、サクラは裏切らないと思わせてくれるので、女性票を獲得するのも当然だ。