なぜ日本は中国の気球を撃墜できなかったのか。東京大学名誉教授の井上達夫さんは「気球撃墜の法的根拠があいまいだったからだ。憲法9条で戦力の保有と行使を禁止しているため、戦力を統制する国内法体系を日本は持っていない」という――。(前編/全2回)
米軍はF22戦闘機を出動させ、ミサイルで気球を撃墜した
写真=iStock.com/Naeblys
米軍はF22戦闘機を出動させ、ミサイルで気球を撃墜した(※写真はイメージです)

撃墜の法的根拠は存在するのか?

米国国防総省の報道官が、中国の気球が領空内に入ったと公表したのが2月2日。その後2月4日に、米軍はF22戦闘機を出動させ、ミサイルで気球を撃墜した。

この「中国気球撃墜事件」を受け、日本政府は自衛隊の武器使用基準を緩和することを検討している。日本の領空内に入った気球を撃墜するための法的根拠を用意するということだ。

逆に言えば、現状、自衛隊は気球すら撃墜できるかどうかおぼつかないのである。

なぜか。気球問題について言えば、「自衛隊法に明確な規定がないから」だ。

「外国航空機の領域侵犯」では撃墜できない

政府は外国航空機の領域侵犯に関する自衛隊法84条の解釈運用で、気球問題に対応する姿勢を示した。ただ、これは無理筋だ。

84条でできるのは「自衛隊の部隊に対し、これ(侵入機)を着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせること」自衛隊法84条)だけで、撃墜はできない。「上空から退去」とは、巨大な無人の気球に網でもかけて引っ張ってゆくつもりなのだろうか?

撃墜の法的根拠になりうるのは、弾道ミサイル等に対する破壊措置を定めた自衛隊法82条の3だ。

同条は「弾道ミサイル等」を「弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であって航空機以外のものをいう」自衛隊法82条の3)と定義している。