※本稿は、中野円佳『教育大国シンガポール』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
グレード化する習い事
シンガポールの親たちと習い事について話しているうちに、私は、「Grade(級)」や「Certificate(資格/証明)」という言葉がたびたび出てくることに気が付いた。
「水泳は身体を動かすことをしてほしかったから。一種のサバイバルスキルだし、資格を取ればライフセーバーにもなれる。ピアノはある程度の音楽的素養があるといいと思う。グレードがちゃんとあるので、やるように背中を押している」
「お絵描きは息子の選択だけど、ピアノは私が弾けて、学校の勉強とは違った分野の学びということで、やってみたらと勧めた。今、グレード3で、グレード8まで行くと指導者の資格も取れて先生になれるので、たまに文句は言われるけど、プッシュしてやらせている。学業成績が問題ないうちは、リミットを設ける必要はないと思う」
プロのピアニストやスポーツ選手を目指しているわけではなくとも、ある程度のレベルまで達することで仕事につながるという見通しが語られるのを、興味深く聞いていたが、その後、グレードや資格は仕事のためだけではないことが分かった。
中学出願時に有利になるという認識
政府や学校が公式に発表しているものは確認できなかったのだが、親たちの間には、音楽やスポーツでグレードを取ったり、多くの大会で優秀な成績を収めると、中学校出願時に有利になるという認識が広がっていることも分かってきた。
「基本はPSLE(Primary School Leaving Examination:小学校卒業段階で受ける国家統一試験)の成績で決まるけど、あと1点の差で入れたのに、というときに、スポーツなどをやっておくとそれが点数になる」「履歴書に書ければ、同じ点数の子が複数いたときに選ばれるかもしれないから」ということが親の間のうわさ話として語られている。
中等教育の入学段階で、スポーツや芸術、リーダーシップなどに秀でた学生を選抜するDSA(Direct School Admission)についても、「DSAで特定の学校に落ちたら、どこにも行くところがない」と考えて避ける親もいたものの、「教育改革によるPSLEの採点方式の変更で、名門校に確実に入れるかが分かりにくくなった今、DSAを受けることで可能性を増やせる」と考え、準備をするケースもある。
「友人は子どもが4歳の頃から毎日卓球のコーチをつけた」「ポートフォリオと呼ばれる出願書類の書き方を指南するエージェントがあり、ボランティア経験やコーディング(プログラミング言語を使ってソースコードを作成する)の教室に参加した証明書を集めて履歴書をよりよく見せる」「あえてマイナーなスポーツをやらせる親もいる」などの教育戦略を、見聞きしたことがあるとの発言もあった。