それだけじゃ片付けられないことってあるじゃない?
――「デイドリームライダー」の歌詞のことを伺います。「いつか土になるわ/死ねば」という歌詞にびっくりしました。最近の歌では滅多に聞かない、耳に残ることばです。久しぶりにどきりとする歌詞を聴いたなと思いました。ああいう、人の耳にきちんと「不快感」を届けることば。
シシド (頷く)
――そういうことばが、シシドさんの歌詞の中には丁寧に使われている。そこはご自身でも意識して歌詞を書かれていますか?
シシド それは自分のひとつの色かなと思っているんです。「キレイキレイな歌詞、わかるけど、そこ、愛なのわかるけど、それだけじゃ片付けられないことってあるじゃない?」ていう気持ちって、あるじゃないですか。そういうところを突いていきたいと思っていて。わたし、キレイな曲を聴いているときに「わかるけどさあ?」って思っちゃうようなひねくれた感じなんで。そういう違和感があるところを、強いことばでどう書くかっていうのは、重要なひとつのテーマというか、課題というか。一緒ですね、テーマと課題(笑)。
――「死ねば」のような鋭いことばを使えば使うほど、「なんて怖いことばを使うのですか」と、嫌われたり、逃げられたりするリスクが発生すると思うんです。そのとき、シシドさんは「それで聴かない人は構わない」という考え方なのか、それとも、聴いてもらうために工夫を重ねて、怖い言葉でも聴いてもらえるようにと考えるのか。
シシド うーん……。ここ(と、胸の前に拳を置き)が、ブレなければ。それ以外の差し引きは、「考える余地あり」です。
――それはさっきのプロデューサーの方々とのミーティングの話に似てますね。
シシド そうですね。たとえば、30分のライヴを全部アップテンポの曲でやったとする。ドラムも前に出て行って、私もものすごくアクションしている。それを聴く人に「疲れた」と言われたとすれば、「あ? 疲れちゃう? 愉しめない? だったら、バラード1曲入れましょ」っていう感じですね。ライヴだ、音楽だというものは、愉しんでもらう、踊ってもらう、生活の中のひとつのビビッドなものになってもらうものだと思うので。
ただ、ここ(と、再び胸の前に拳を置き)を削れと言われたら、そのときは考える。ことばひとつであったりですとか、プレイひとつ、曲ひとつを差し替えるという程度のことであれば、全然問題ありません。でも、もしかしたら「死ねば」ということば、これは絶対入れたいとわたしが思って、「でも、それが駄目なんだ」と言われたら、曲ごとなくなるかもしれないですし、そこはその都度その都度の闘いだと思います。