走り、ハンドリング性能は格段に上がった
ただし、車両価格は30万円から60万円ほど高くなるわけでみなが付けるとは考えられません。関係者に聞くと装着率は数%レベルで、利益率が高いとも思えませんでした。
実は小沢は、G'sシリーズは章男氏が退いたらなくなるだろうと当時予測していました。
すべてのトヨタ車の走りを、スポーツカーだけではなく普通のファミリーカーから良くする。楽しさと同時に操縦安全性をも上げる。
素晴らしいことですが、いわばチェーン店の安価な牛丼に良質な和牛肉と自然調味料を使うようなもので割に合わない。普通の大企業経営者だったら絶対手を付けない理想主義的な改革だと感じました。まさしくモットーとする「もっといいクルマづくり」そのもの。
驚いたことにその後、トヨタ車の走りのクオリティはどんどん上がっていきました。それもG'sのみならず普通のコンパクトカー、セダン、SUV、ミニバンに至るまで。
わかりやすいところでは2015年の4代目プリウスから始まった新骨格TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)の採用がすごかった。これ以降、全トヨタ車の走り味、ハンドリング性能は飛躍的に上がりました。
2018年生まれのカローラシリーズにしろ、ドイツのVWゴルフに迫る走り味を獲得したと思います。
社長がマスタードライバーだったからこそ
そこには章男氏自身がマスタードライバー、つまりトヨタ車の走り味を最終的に決めるシェフのような立場になったことも大きいはずです。
社内外では「社長が自らクルマを走らせ、時にレース活動するなんてとんでもない」という声もありますが、欧米メーカーでは経営トップがクルマを走らせるのも珍しくない。この判断も章男氏ならではだったと思います。
当初はどこまで続くのか? と思ったG'sシリーズは対応車種をドンドン増やし、2017年にはスポーツカーブランドの「GR」へと昇華しました。このあたりから章男氏による全トヨタ的走り味改革は揺るぎないものになったように見えます。
その後、GRはカスタムカーだけにとどまらず、2019年にはGR専売のGRスープラ、2020年には第2号のGRヤリスまで発表。今ではたとえ社長が代わっても「GRブランドでありGRカンパニーは絶対になくならないだろう」と思えるレベルであり、だからこそ社長交代に踏み切れた部分もあったのだと思います。
社員が語る「章男改革の本当の成果」
とはいえ長らく小沢は当時のG'sから今のGRコンプリートカーやGR専売車まで、ビジネス的にはどうなんだろう? と思っていました。単価こそ高いですが、台数がそれほど出るわけはなく、今までのトヨタの収益構造とは規模感が違いすぎるはずです。
2020年からは、かつてスーパーカーであるレクサスLFAを作っていた半分手作りに近い生産ラインを「GRファクトリー」という専用ラインに変え、ゆっくりと高品質なGRヤリスやGRカローラを作っています。しかしそれで本当にトヨタの名に恥じない利益が出るのでしょうか?
トヨタ関係者は教えてくれました。「章男社長になってからトヨタの損益分岐“台数”は飛躍的に下がった」と。つまり少ない生産台数でも確実に利益が出る高収益体質になったのです。それが決算期によく語っていた「意思ある踊り場」であり「体質改善」であり、絶え間ない「原価低減」がもたらしたものなのでしょう。
そこには章男氏がよく言うトヨタ自慢のTPS、トヨタ生産システムのノウハウがトコトン注ぎ込まれているはずです。「それこそが章男改革の本当の成果」なのかもしれません。
台数に合わせて、適切な利益が出る体質になり、その結果のGRカンパニーということなのでしょう。