「儲かる」幻想に振り回される

そんな歯科医の黄金時代は、保険制度の変化とともに終焉。先述のベテラン歯科医は「81年、健康保険の1割の自己負担が導入されたことが、終わりの始まりでしょう。それまで保険治療はタダでしたから、患者は1割でも非常に大きな負担に感じたと思います。それが、97年には2割、今では3割負担です。病気になれば病院に行こうと思うでしょうが、歯が少し痛むくらいでは歯医者には行かなくなってしまった。目新しい技術革新もないまま、バブルが崩壊してずっと不景気。日歯連による自民党橋本派への巨額の不正献金事件が発覚し、社会的地位も著しく下がってしまった」と説明する。

健康保険法の改正の一方で、国は医師および歯科医師を増加させる政策を実施した。医大、歯科大の新設ラッシュが起こり、大幅に定員増。医師も、歯科医も急激に増加した。特に歯科医は「儲かる」イメージが強い割に、医学部よりは偏差値も低く、希望者が殺到することになった。

「僕もだまされたクチですね」と山崎さん。

「僕が受験したころにはもう、歯科医が儲かる時代は終わっていました。学生時代は忙しくてそんなことも知らず、勤務医のころも、毎日の仕事に追われて、世の中が変わったことに気がつかなかった。開業すれば、先輩の先生方みたいに銀座で豪遊できると信じきっていました」

厳しい環境に置かれている歯科医師だが、山崎さんのように都心のビルに開業しているケースは最悪だ。

「地方はまだマシです。家賃が安いですから。坪単価5000円の場所にある診療所でも、坪単価5万円のビルの診療所でも、保険点数は同じです。明らかに都心の歯科医に不利な仕組みです。都心の患者は高額な自由診療が多い、とも言われましたが、この不況でたまに初診患者が来ても保険内診療ばかり。

歯科医師とは肩書だけで、景気がよかったころに買った投資用マンションの賃貸収入で生活している人も多い」と山崎さん。

先月、山崎さんは妻の誕生日に、苦しい家計の中から、3万円の宝飾品を贈った。

「値段をネットで調べたのでしょう。次の日から不機嫌に。『去年までのプレゼントは5万円だった。あんたのせいで私は不幸よ!』って。そのとき頭をよぎったのは、はじめから1万円のものをあげていたら3万円で喜んだのではと考えました。地獄です」

※すべて雑誌掲載当時

(プレジデント編集部=撮影)
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