営業とかマーケティングとか人事とか財務とかの特定の機能領域を所与として仕事をする「担当者」であれば、その分野についてのスキルがあればよい。「ファイナンスのプロ」とかいうとき、その人がもっているファイナンスについての実務能力の中身はわりと想像がつく。担当者レベルのスキルであれば、社会的に共通の定義があるし、スキルを育成するための方法や教科書が用意されている。つまり、スキルは定型的である。

日本の経営を創る
[著]三枝匡、伊丹敬之
(日本経済新聞出版社)

「経営者」の仕事は担当者のそれとは決定的に異なる。仕事の規模の問題ではない。1000人の部下を従えた製造部門の部長と10人しかいない小さな会社の経営者がいたとする。スケールで比較すれば、製造部門長の仕事のほうが「大きな仕事」である。しかし、その人の仕事が製造という機能の「担当業務」に閉じていれば、どんなに規模が大きくても「経営」ではない。商売全体を縦横に動かしていくのが経営であり、それは「綜合力」の勝負である。スケールは小さくとも、10人の会社の経営者には文字通り経営者としての綜合力が求められるのである。

経営者が必要とする綜合力はつまるところセンスの範疇に属する。個々のスキルセットが国語算数理科社会といったそれぞれの「科目」に対応した能力だとしよう。能力をスキルとしてとらえようとする人は、「綜合力」といったとたんにわけが分からなくなる。仕方なしに4科目の総合点や4科目平均点に綜合力を求めがちである。これはとんでもない誤解である。綜合の能力はスキルの幅や深さではない。さまざまな科目についてスキルを持っていても、そうしたスキルの足し算や掛け算では割り切れないのが経営センスである。

経営者と「ファイナンスのプロ」ではそもそも仕事の種目が違う。本連載の第1回(>>記事はこちら)にも書いたことだが、スキルが国語算数理科社会だとすれば、センスは「女にモテる」という類の話である。どうやったらモテるか。スキルでは解決がつかない。教室で先生に習う国語算数理科社会は教えてくれないのである。もちろん「こうやったらモテる」「ああしたらモテる」というスキルめいた話は世の中に充満している。そうした「スキル」を全部取り入れたらどうなるか。間違いなく、ますますモテなくなる。ようするに「種目が違う」のである。