商売の2割は理屈、残り8割は……
僕の仕事は競争戦略についての研究ということになっているのだが、これがわりと因果な話である。研究という以上、基本的には論理なり理屈を考えるということになる。ところが、相手は「競争」であり「戦略」である。自然科学者であれば、普遍的な因果関係を発見し、一般法則を定立することを目指して研究できる。しかし、人の世を相手にした社会「科学」(?)では法則の定立はあり得ない。話が経営、しかも競争戦略となるとなおさらだ。競争戦略とは「競争がある中で長期利益を実現するための手立て」を意味している。ありていに言って、競争がある中でどうやって商売をしていくのか、という話だ。言うまでもなく、商売の成功や失敗は論理なり理屈では割り切れない。勝負の80%は論理では説明がつかないこと(運や勘)で決まるといってよい。
理屈では説明がつかないことについての理屈を考える。わりと矛盾を抱えた仕事である。しかし、成り行きでついたとはいえ、自分の仕事である。何とか世の中の役に立たなければならない。競争戦略論を専門とする経営学者としてどういう構えで仕事をし、世の中と折り合いをつければよいのか。若いころの僕は考えることしきりであった。
紆余曲折を経てたどりついた僕なりの答えは、「理屈じゃないから理屈が大切」。これをよりどころに仕事をしてきた。確かに現実の商売の8割がたは理屈でないもので動いている。しかし、逆にいえば、どんな商売も2割程度は理屈に乗っかって動いているということだ。理屈がわかっていなければ、そもそも「理屈じゃないもの」もわからない。「色即是空、空即是色」である。本質的な論理をきちんとつかんでいるほど、本当のところ「理屈じゃないもの」の輪郭もはっきりする。理屈を分かっていない状態と比べて、「理屈じゃないもの」の正体が見える。正体がみえれば、野生の勘にも磨きがかかる。運もつかみやすくなるかもしれない。
多分に強がりかもしれないが、「理屈じゃないから理屈が大切」という方針のもとに日々チクチクと競争戦略の論理を考えきた僕は、この本を読んで大いに脱力させられた(ただし、わりと爽やかな脱力)。改めて「商売は理屈じゃない」というどうしようもない真実をイヤというほど思い知らされた。逆にいえば、本書はそれだけ商売の本質を抉り出している。