補助が行われるのは産業が衰退した証

このような政策は、その後ますます増えている。

台湾の半導体ファウンドリーTSMCが熊本に建設する工場に対して、建設費8000億円のうち最大4670億円を国から補助金として支出することになった。

また2022年には、経済産業省が主導し、次世代半導体を量産する新会社Rapidus(ラピダス)が設立された。NTT、キオクシアなど複数の大手日本企業が出資を決めている。これに対して700億円の支援がなされる。

特定の産業に対して補助が行われるのは、その産業が衰退したことの証拠である。

第2次世界大戦期の日本においては、農業がそうした産業であった。政府は、米価支持や補助金を通じて、衰退産業であった農業を助けようとした。しかし、この結果、農業の生産性が上がったのではなく、片手間農業を促進することになり、農業の生産性がさらに低下した。

同様の過程が、いま製造業について進行中であると考えることができる。

岸田内閣は、賃金を上げられるか?

以上のような政策のなかで取り残されてきたのが労働者だ。

日本の賃金は、20年、30年の期間にわたって停滞を続けている。諸外国を見ると、ほとんどの国で、賃金は高い成長率で伸びている。日本の賃金だけが伸びていないのだ。

2021年秋以来の物価高騰に対しても、賃金が伸びない。その結果、実質賃金の伸び率がマイナスになっている。

こうした状況を改善すべく、岸田内閣は、「人への分配は、新しい資本主義を実現するための要です」とし、「公的価格の引き上げ、賃上げ税制に加え、中小企業等が適切に価格転嫁を行えるよう環境整備を進める」としている。

ただし、これまで政府が行ってきた賃金対策は、何の効果ももたらさなかった。

安倍内閣は、春闘に介入し、春闘賃上げ率を高めることによって、経済全体の賃上げを実現しようとした。それによって、確かに春闘賃上げ率は以前よりも高まったのだが、それが経済全般に広がることはなはかった。春闘の対象になっている労働者は経済全体のごく一部でしかないからだ。

安倍内閣が春闘に介入したのは、高度成長期において春闘賃上げ率が経済全体の賃上げ率の目安となり、それが中小企業に至るまで波及したという結果を再現しようとしたからだろう。

しかし、高度成長期と現在とでは、経済の構造が全く違う。高度成長期においては、企業の付加価値が年々増加していた。だから、政府のガイダンスがなくても賃金が上昇した。春闘は、その目安を提供していたに過ぎない。

現在の経済構造が高度成長期とは大きくなったことを考えれば、春闘に介入したところで賃上げが実現しないのは、当然のことだ。

安倍政権が行ったいまひとつの賃上げ政策は、賃上げ税制である。企業が賃上げを行った場合、法人税の税額控除を認めようというものだ。これも、岸田内閣に引き継がれた。しかし、これも成功しなかった。この制度は、ほとんど使われていない。

野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)
野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)

なぜ使われないのか? それは、法人税で税額控除しても、それだけでは企業が賃金を上げる十分なインセンティブにはならないからだ。結局のところ、これまでの政府の賃上げ政策が成功しなかったのは、賃金を上げるメカニズムについての正しい理解が欠けていたからだということになる。

賃金を上げるためには、企業の生産性を上げることが必要である。それをいかにして実現するかこそが重要なのだ。

岸田内閣が、これまでの賃上げ策を超える政策を打ち出すことができるか否かが、注目される。

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