1人だけ「◎」を付けた男
マッキンゼー&カンパニーがどのような会社なのか、どういう人材を求めているのか、まったくわからないまま会社に連れて行かれて、いきなり採用面接が始まった。
何を聞かれたかあまり覚えていないが、ヘッドハンターと予行演習した新聞やテレビ番組の質問は出なかった。逆に私が会社のことを尋ねると、「世界一のコンサルティング会社」だという。しかし詳しい業務の内容を聞いても「それは秘密」と教えてくれない。
結局、その日は2人にインタビューされた。夏に始まった面接は秋を過ぎ、冬を迎えても続いた。最終的に計8人のインタビューを受けて、マッキンゼーから内定が出たのは次の年の春先だった。
最後に面接したジョン・トーム所長からこう言われた。
「キミは極めてリスクの高い人間だ。なぜなら経営の勉強をしたことがないからだ。しかし、我々はキミを採用することにした」
提示された給料は日立の十倍以上だった。まかり間違って飛び込んできた原子炉エンジニア、しかも経営もコンサルティングも知らないシロウトを、マッキンゼーはなぜ破格の給与条件で採用したのか。
入社後に私の面接評点をこっそり見せてもらう機会があった。8人のインタビュアーのうち、4人は「×」。3人が「判定不能」で、1人だけ「◎」を付けていた。
私に二重丸を付けたのはマイケル・ホーガンという英国人で、東京オリンピックで走り高跳びの代表選手だった人物だ。二重丸の理由は「日立で原子力をやっていたし、話してみると聡明そうなので、是非とも採用すべし」程度のものだったが、後年、「大前研一を見出したのは自分」と彼が講演で語っているのを何人かの友人から聞いたことがある。
マッキンゼーは面白い会社で面接官全員が「○」を付けた人物は採用しない。しかしその他全員が「×」でも、誰か一人が「◎」を付けたら所長が面接するルールになっていた。
だから最終の所長面接まで進んだのだ。あとは所長の判断である。当時の東京事務所は開設したばかりで、スタッフが不足していた。鉦や太鼓で募集をかけても知名度ゼロだから人が集まらない。そこで多少リスクがあっても、英語が話せる人材を採ろうという方針だったらしい。
ただし、「×」と「判定不能」を付けた面接官が多かったためにリスクの軽減を図った。実は日立の十倍以上とはいえ、私の給料は同時期に採用されたMBAホルダーの半分だったのだ。そういえば所長との最初のミーティングで給料を提示されたときに、少し躊躇しながら「この値段でどうだ」という言い方をしていたことを後から思い出した。(入社後に値上げ交渉して2年後には是正してもらった。7年後には社長を除く全マッキンゼースタッフの中で一番の高給取りになっていた)