「銃による暴力の原因は黒人」と公言

元上司にあたるビリオネア、ピーター・ティール氏は決済代行サービス「ペイパル」創業者で共和党に大口献金しており、保守派の新しいドンと呼ばれている。彼のおかげでマスターズ候補の元にはおびただしい政治資金が流れ込んでいるだけでなく、NFT(非代替性トークン)を利用して資金を集めるなど、今どきの技術を駆使して選挙活動を繰り広げている。

しかし、いかにも弁舌爽やかな彼の口からは「銃による暴力の原因は黒人だ」「民主党のバイデン政権は、移民を増やすことでわれわれ白人に取って代わらせようとしている」など、ナショナリズムをあおる人種差別的な、極右特有の発言が飛び出してくる。

ここ数週間で現職の民主党マーク・ケリー候補を追い上げ、今では互角の戦いだ。しかしマスターズ氏は当初から「この選挙でも不正が行われるだろう」と言っている。万が一負けた時のために、2020年大統領選でのトランプ氏と同じく、予防線を張ることで相手陣営に揺さぶりをかけているのだ。

「中絶強要」の過去を暴かれた元NFLスター選手

南部ジョージア州の上院選にも、トランプ氏の推薦を受けて派手な候補が立っている。プロフットボール(NFL)の元国民的スター、ハーシェル・ウォーカー氏だ。

現職の民主党ラファエル・ワーノック氏と同じ黒人で、マイノリティー有権者へのアピール度も大きい。ところがつい先日大スキャンダルが発覚した。自身は妊娠中絶に絶対反対の立場をとっているにもかかわらず、過去交際していた女性に中絶を迫り、その費用まで渡したというのだ。また複数の女性の間に4人の子供がいて、息子の1人からは「自分も母も見捨てられた。ひどい父親だ」という怒りのSNS投稿もニュースになった。

ところがそれでも彼の支持率は下がらない。トランプ氏が2016年の大統領選で、どんなスキャンダルが暴露されようと、指示が揺るがなかったのとまったく同じである。

トランプ氏の狙いは2年後の「大統領復帰」

元大統領が中間選挙でこれほどの多くの候補を推薦し、大体的に選挙戦を繰り広げるなんて聞いたことがない。それもそのはず、これは大統領復帰を目指して2024年の大統領選に出馬するため、トランプ氏が計画した大掛かりな前哨戦なのである。自身が推薦した候補が大挙して当選すれば、キングメーカーとして再び大統領候補に返り咲けるという算段だ。

候補者から見ても、これは決して悪い話ではない。共和党を支持する有権者の実に64%は、「2020年の選挙は不正なもので、実際はトランプ氏が当選していたはずだ」といまだに信じて疑っていないからだ。つまりこの論理を前面に押し出し、トランプ元大統領の応援を受けることは、自身の当選への最短コースになる。

党としても、これを利用して上下院の過半数を奪還するチャンスだ。特に共和党はジョージア州、アリゾナ州などの優位な地盤で、2020年にまさかの敗戦を喫している。こうした州では今、強烈な個性を放つトランプ・クローンたちが、民主党候補と激しい戦いを続けている。