電力会社は、原発の状態を定期、不定期的にチェック(検査)して、原発の状態をそのときどきの適正な国際レベルにフィット(整合)させる必要があります。2006年、原子力安全・保安院は指針を改定し、全国の事業者に耐震バック・チェック(安全性評価)の実施を求めていました。

これを受けて東京電力は2008年3月、福島第一原子力発電所5号機の中間報告を提出し、原子力安全・保安院はこれを妥当としました。しかし、このとき原子炉建屋のほかに耐震安全性を確認したのは、わずか7設備しかありませんでした。

2009年には1~4号機と6号機の中間報告を提出しましたが、やはり耐震安全性を確認した設備は極めて限定的でした。以降、東京電力は耐震バック・チェックをほとんど行わず、最終報告の期限を2009年6月から2016年1月まで実に6年半も先送りにしていたのです。

耐震補強工事が必要なことは把握していたが…

さらに、数少ない「チェック」箇所が「フィット」しているかも明確にしていませんでした。国際的な基準では「バック・フィット」でなければまったく意味がなく、「バック・チェック」という言葉は国内用の詭弁きべん的表現といえます。

実際、東京電力は新指針に適合するためには多数の耐震補強工事が必要になると把握していたにもかかわらず、1、2、3号機については工事を実施していませんでした。そして見張り役の原子力安全・保安院も、それを承知しながら黙認していました。

これがアメリカやフランスといった原発先進国では、バック・フィットは当然のこととして、2001年9・11アメリカ同時多発テロの後には、ハイジャックされたジャンボジェット機が原発に突っ込んできたと仮定した防護策なども真剣に論じられてきました。

アメリカはこの防護策を「B.5.b」と呼称し、「原子力施設に対するテロ攻撃の可能性に備えた対策を各原発に義務づける命令」について、日本側に二度も伝えてきていますが、その情報を受け取った日本の関係者たちが具体的なテロ対策を講じた形跡はありません。

安全神話というフィクションを信じ切っていた

もし「B.5.b」を実行して日本の原発の防護力を高めていれば、2011年に起きた福島第一原子力発電所の事故は、防げた可能性もあるのです。それが叶わなかったのは、日本の原子力ムラが原子力の「安全神話」をお題目にし、本当の安全を確保することよりも稼働している原発を止めないことを優先したからです。

日本の原発政策における意思決定は、まるで歌舞伎のようです。歌舞伎で演じられるのは、きらびやかな衣装や化粧で彩られた虚構の世界。原発政策も歌舞伎と同様に、政府、原子力産業、国内メディアも取り込んだ「安全神話」というシナリオができていて、みなが一体となってこの虚構を演じていたのです。

奇跡の一本松
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