「僕はもうこの会社で用済みの人なんだ」
人生が長くなり、社会人生活に一区切りをつけた後の時間をどう充実させてゆくか、多くの人たちの切なる関心事であり、重大なる課題です。私自身、本年、63歳で出版社を退社したものの、残る人生にどう向き合ってゆくのか、戸惑いの日々でした。
正直、もう1年で任期が終わるとなった時には、自分でも驚くほどにうろたえ、あてもなく都内をうろついて、気持ちの整理をつけようともがいていました。当然、予測されたことなのに、残りが1年になるまでこの問題と真剣に向き合うことがなかった。
いや、避けてきただけなのかもしれません。ああ、そうなか、僕はもうこの会社では用済みの人なんだ、この実感は相当にショックキングなものでした。
そうか、ならば、この思いを小説にしてみたらどうだろうか、そう思ったのは、いいかげん都内の散歩にも飽きたころでした。
そうした先行作品がないわけではないことは知っていましたが、何か、これまでになかったアプローチができるならば、読んでくれる人がいるかもしれない、いや、読んでもらえるようなものができなかったとして、さして支障があるわけでもなし、何を恐れることがあるだろうか、そんな思いがふつふつと沸き上がりました。
幸い、コロナ禍で友人知人たちと過ごす席もなくなり、夜、時間はたっぷりとあります。もともと小説の編集の仕事が長かったこともあって、見よう見真似、ともかくは書き出してみようと腹を決めました。
戦国屈指の勇将・立花宗茂に注目したワケ
そもそも歴史好きだった私は、大好きだった戦国武将のひとり、九州の立花宗茂が晩年、江戸幕府から厚遇を受けたことに興味を抱いていました。
戦場の勇猛な宗茂を描く小説はあっても、その晩年を描いたものは読んだことがない、ならば、60代も半ばに至った戦国屈指の勇将が、戦いのない世をどんな思いで生きたのか、それを描いてみるのが、いまの自分に一番ふさわしいテーマには違いない、そう考えたのでした。
主人公の立花宗茂は、豊臣秀吉の九州征伐や朝鮮出兵で奮戦し、“西国無双”と称賛された名将です。