一般人が一夜にして成功者になることも
c.レコメンドの力
以前、ミュージカリーは、自分たちのアプリはあくまでもソーシャルネットワークだと思い込み、多くの時間と労力を無駄にした。
一方、ドウインは、企業文化と技術スタックがこのフォーマット、すなわち、コンテンツプラットフォームの真の価値と同じ方向性にあった。コンテンツ主体のコミュニティでは、人よりもコンテンツが重要になる。
ドウインは、モバイル時代のテレビエンターテインメントの再現であって、「ビデオファースト(動画第一)」を謳う第二のフェイスブックではなかった。
バイトダンスのシステムは、小さなアカウントからでも良質な動画を見極め、幅広く配信する能力に長けていた。ドウイン、そしてのちのティックトックの大きな魅力は、普通の人にも有名になるチャンスを与えることだった。
中国の最果ての地の小さな小屋で動画を作った農家の女性が、才能を買われ、一夜にして成功者になる可能性があった。のちに、アメリカのある著名なベンチャー投資家がティックトックについてこう語っている。
「まるで『アメリカン・アイドル』や『アメリカズ・ゴット・タレント』をデジタル化したようなものだ。
自分の才能を見せたいと思っている人たちがいて……、才能は、エクストリームスポーツでも、コメディでも、歌や音楽でもいい……。
たとえ今日はファンがいなくても、何かすごいものを作ってプラットフォームに上げれば、発見してもらえるチャンスがある」。
良い面は、誰もがチャンスがあると感じられること。悪い面は、トラフィックの配分が予測不能で不安定なことだった。
いわゆる「インフルエンサー」のアカウントでも、目立たない、平凡なエンゲージメントに終わった大量の動画のなかに大ヒットした動画が2、3本というケースも珍しくなかった。
マスマーケットに身近なプラットフォームを構築
d.ポジショニング:「美しい人生を記録しよう」
2016年、2017年、2018年と、ドウインのポジショニングは3度にわたって大きく変わっている。ドウインとそのエコシステムが急速に進化したため、2016年末のエイミー(ドウインの前身)と、2018年初めのドウインとは別物のようになっていた。
当初、エイミーのポジショニングはミュージカリーをまねて、プレティーンと呼ばれる10歳前後から20代前半の女性をターゲットにしていた。
ところが2017年の夏には、ドウインは、最高にクールな人――流行を作り出す美大生やヒップホップアイドル――のためのアプリとなった。そして2018年の初め、またしても大きな転換があった。
バイトダンスは、プラットフォームのコンテンツをミッドテールとロングテールのあらゆるニッチへと広げるために、計画的かつ体系的な戦略を導入した。
旅行、食べ物、ファッション、スポーツ、ゲーム、ペットなど、主要カテゴリにはいずれも、あらゆる好みに対応した豊富で多様なコンテンツをそろえた。
プロモーションは、若者を中心に訴求するトレンディな大物有名人との契約から軸足を移し、コンテンツの多様化を急速に加速させ、マスマーケット(巨大大衆市場)にとってより身近なプラットフォームを構築することへとシフトした。
当初、ドウインのキャッチフレーズは「崇拝をここから――ひたすらに、新世代のミュージック・ショート・ビデオを」だった。3月初旬、このキャッチフレーズは、よりシンプルでニュートラルな「美しい人生を記録しよう」に変更された。
「フルスクリーンの動画によって携帯が窓になると想像してみてください。その窓からは広大な世界が見えます。ドウインは、そのカラフルな世界を投影するものです」。
イーミンは、社員に向けたスピーチのなかでそう語っている。