まずは横を見る。本当にあなたに力があれば、周囲は放っておかない。取引先から、「今の会社で不遇なら、うちの会社にきてくれないか」という声がかかる年代でもあるのだ。

次は下である。あなたが面倒見のいい上司なら、かつての部下も含め、下からは慕われているはずだ。思い切って直接の部下だけではなく、目下の後輩たちの教育こそ自分の仕事だと思い定めてみてはどうだろう。その覚悟ができれば、今までとは違った会社生活が開けてくる。

これからの自分の仕事は若い人に仕事のやり方や心構えを教えること。私を長年使ってくれた会社への、それがせめてもの恩返しと思うことだ。そうなったら、酒を飲んで「なぜ出世できないんだ」と繰り言を言う日々から解放される。心穏やかな毎日を送れるようになるだろう。

40歳を過ぎればよくわかってくると思うが、偉くなったり、金持ちになったりするのは天の配剤によるものなのだ。『論語』にも「死生命あり、富貴天にあり」という言葉がある。生きるか死ぬか、これはまさに天命だ。そして、金持ちになるか貴くなるか、それもまた天の配剤によるもの、という意味である。

中学生の頃から『論語』を愛読してきた私の頭にはこの言葉が入っていて、富貴を自分から求めようと思ったことはない。それが奏功したのかどうかはわからないが、多少のお金も後からついてきた。しかし自分で貯め込むこともなく、財団や社会福祉法人をつくって、できるだけ社会に還元するようにしている。金はまさに天下の回りもので、たまたま私の周りにも集まっただけなのだ。

「澹泊明志(たんぱくめいし)、寧静致遠(ねいせいちえん)」という言葉がある。『三国志』の英雄、諸葛亮孔明が戦場で没するとき、幼い自分の息子にあてた手紙の中にある言葉である。その意味は「私利私欲に溺れることなく淡泊でなければ志を明らかにすることができない。落ち着いてゆったりした気持ちでないと、遠大な境地に達することができない」。

私の家には中国の著名な書道家の手によるこの書がかかっていて、それを見ながら何も考えない時間を私は意識してつくっている。周りが認めてくれないと嘆く前に、この言葉を深く味わってほしい。