「事故が起きなければ大丈夫」という矛盾
——30キロより内側も全住民を避難させるつもりがない。これではフクシマの反省で防災対象範囲を30キロまで広げたとは言えない気がします。
「その通りですね。フクシマは例外としか見てないのでしょう。実際には福島第一原発事故はもっと大きな災害になった危険性があったと思うのですが、それすら今後は起きないことを前提に原子力防災行政を進めている。フクシマは想定外の大事故であって、想定できる事故はもっと小規模でマネジメント可能なものだと思い込んでいるだけです」
——事故に備える避難計画なのに、事故が起きない前提になっているのでは?
「そういうことです。形式的でも一応体裁だけ整えればいいという発想でしょう。避難計画が形ばかりでも実際に事故が起きなければ大丈夫だと思っている。そもそも事故が起きたときに必要になるのが避難計画なのに論理矛盾ですよね。事故なんて起きるはずがないからいいかげんなものでも大丈夫だなんて、わずか10年で事故が起きない前提に逆戻りしている」
日本の原子力行政は「非人道的」
——ヨウ素剤の事前配布もフィクションです。UPZは屋内退避するという「二段階避難」と論理的に矛盾するから配らないのでしょうが、事故が起きた後、集合場所で配布するなど誰が考えても非現実的です。
「国が屋内退避しろと指示しても多くの人は従わないでしょう。私のアンケート調査でも半分を超える人が自分の判断で避難すると答えています。UPZで事前に配りたくないのは、二段階避難ができるというフィクションを守りたいからでしょう。
結局、彼らはフクシマの反省や教訓が邪魔でしかたないのでしょう。福島第一原発事故をまともに評価したら、再稼働なんてとんでもない、という結論になりますからね。肝心なところが隠されたまま、なぜか再稼働だけが進んでいく。日本の原子力行政は一言で言えば『非人道的』です」
——広瀬先生は以前、東京電力が設置した有識者会議のメンバーだったことがあるそうですね?
「(原子炉内部の機器にひび割れを発見しながら公表しなかった)トラブル隠し問題(2002年)を受けて設置された原子力安全・品質保証会議の委員をしていたことがあります。なぜ東電が私を選んだのかは分かりませんが、米国のスリーマイル島原発事故(1979年)のころから私は原発に批判的だったので、取り込もうと考えたのかもしれません。
委員になったことで原発の中を見る機会も多く、いろいろな内部的な報告も受けることができ、私にとっては貴重な経験になりました。最後まで東電のシンパにはならなかったわけですが(笑)」