「国防費は上げない、武器も輸出しない」から一転

まず安全保障については、「2022年、1000億ユーロ(約13兆円)を国防の強化のために追加投入(昨年度の国防予算は470億ユーロ)する」。NATOの決まりでは、加盟国の国防費はGDP比で2%と定められているが、ドイツはこれまで約1.5%で、米国が前々から増額を強く求めていたにもかかわらず、一度も本気で取り組んでこなかった。それを急遽修正して2%台に乗せ、さらに、これまで怠ってきた軍備を増強するのである。

また、ウクライナへの武器の供与。「紛争地へ殺傷兵器は送らない」というドイツ政府の方針が、一夜にして覆った。そもそも社民党とは、戦後70年間、平和主義を掲げ、戦争反対、武装反対、武器の輸出反対を唱え、ドイツの軍備の増強をひたすら妨害し続けてきた党だ。ところが、よりによってその社民党がウクライナへ、ロシア人を殺傷するための武器を送ると決めたのだから、インパクトは大きかった。

さらに、この日、ショルツ首相は、ロシアをSWIFTから締め出す輪に加わることも宣言した。ただ、これが、ロシアからのエネルギーのボイコットを必ずしも意味しないことは、すでに書いた通りだ。また、この時点では、ロシアからドイツに天然ガスを送る新たなパイプライン「ノルドストリーム2」の運命も、依然として不明だった。その数日前に認可手続きが停止されていたが、それがこのプロジェクトの終焉を意味するかどうかは、まだ分からなかった。

パイプラインネットワークによる原油精製所
写真=iStock.com/kodda
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完成したパイプラインは日の目を見ない?

ただ、この日、今後、ロシアへのエネルギー依存を劇的に減らしていく強い意志が示されたことは確かだ。ただ、どうやって、ということだけが、曖昧にされていたのである。同夜、リントナー財相はZDF(第2公共テレビ)に出演し、これから実施する経済制裁のせいでドイツ企業が受ける個々の損害については、「残念ながら補償することは不可能だ」と語った。リントナー氏が社民党と緑の党から憎まれ役を押し付けられたことは、すでに疑う余地がなかった。

そして国民はというと、ようやく旗幟鮮明となったドイツ政府の態度を歓迎し、エネルギー高騰は、民主主義防衛のための代償であるという自己犠牲的な空気に包まれた。それにより、国民の怒りはまっしぐらにプーチン大統領へと向かい、彼らは高価なガソリンに抗議の声を上げる代わりに、「ノー・モア・ウォー」とか「ストップ・プーチン」というプラカードを掲げて抗議デモに繰り出し始めた。

そしてその後、3月1日になって、ノルドストリーム2が破産手続きに入ったというニュースが飛び込んできた。しかし、その翌日には、それを否定する報道が出たりで、情報は混乱している。約1230kmの巨大なパイプラインには、すでにガスが充填されており、120バールの圧力の掛かった3.3億m2のガスを飲み込んだまま、バルト海の海底で息を潜めているという不気味さだ。これが喫緊の安全保障上の問題に発展しないという保証はない。