「4人死亡、4人重軽傷」殺人熊Xを追う
今回の事件の周辺に現われた熊を全部挙げて、その可能性を検討してみる。しかし「主犯の熊はこれだ」という絶対的な終点には辿り着けない。
どんな歯車を組み合わせても、時針は、あの日を指さなかった。
今となっては十和田の湖面にぱらぱらと撒かれた紙片を寄せ集めるようなもので、最初の濃い原拠が決定的に欠けていた。
山間にひっそりとたたずむ鄙の住民たちが、ある日、突然に、その親兄弟を巻き込んで凄惨な争いをしたような、思い返しても救いようのない事件だった。
探ろうとするほど、苦汁が咽喉にせり上がる。
第4犠牲者の遺体収容直後に近くでメス熊が射殺され、「これで事件は収束する」という論調が流れた。
この熊は公式発表では「体重70kg、体長130cm、6~7歳」とされた。
報道された画像で目立つ点としては、右鼻腔下に長い古傷がある。右鼻翼上部にも切り傷があり、右眼上額にV字の古傷がある。
鼻の脇、額の傷は新しく、月の輪にある傷は古い。右鎖骨付近にナガサで切ったような鋭く新しい傷がある。
また、このメス熊は月の輪の形状に明瞭な特徴があり、通常の長さの60%ほどしかなく、右半分が欠けている。
痩せているがこれは初夏から夏季の草食によるものだ。
両眼のまぶたに付いているダニの数は計10匹ほどだが多くはない。疾病熊ほど停滞するのでダニを拾いやすく、その点でも普通の健康体だろう。
猟友会幹部は「牙の白さから、この熊は4歳。それに乳を絞ったら出なかった」と私に証言した。
射殺直後の現場で、年齢を判断したのも猟友会員だったろうが、4歳と6歳では出産状況が異なる。歯の色、沈着した歯垢の黒さでその熊の「老若」は分かる。
ここは大事な視点だ。また泌乳していなかったことは、この2月に出産していなかったことになる。
・4歳だと2歳子がいることは無理。
・5歳だと2歳子がいることは辛うじて可能。
・6歳だと歯が白すぎる。
歯の白さと同時に顔の古傷の多さから考えると私は5歳と思う。この熊の小さな臼歯を抜いて薬品処理を行なえば簡単に年齢を査定できるのだが、それがなされていない。
5歳だと14年2月に生まれた2年子(90cm)熊を帯同していることと整合し、第2から第4犠牲者の遺体収容時に2頭の熊がいたことも成立する。
鼻腔内部を左右に仕切る壁である鼻中隔に直径1cm強の真円の穿孔があり、鼻翼部の内側なので、右口唇から右鼻翼へ向けて「くの字」に大きな傷跡があるが、その闘争によって開孔したとするのも無理そうだ。
それに孔の位置は傷の方向とは異なるので病変も考えておくべきだろう。
あるいは穿孔の縁は乱れていないのでライフル銃で撃たれたのかもしれない。レザーパンチャーで開けたような真円に見えるので自信はない。