※本稿は、ジェームズ・ブラッドワース、濱野大道訳『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社未来ライブラリー)の一部を再編集したものです。
携帯電話の指示に従って運転するだけ
客を乗せる地点に近づくと、極度の緊張に汗が噴き出してきた。幸いなことに、乗り込んできた女性はとりわけ敏感な嗅覚の持ち主ではなかったようだ。あるいは、ただ礼儀正しく何も言わなかっただけかもしれない。
はじめての乗客を降ろすと、ウーバーの仕事の全体のプロセスがこれまで以上に明確になった。ほとんどの場面は、ただ携帯電話の一連の指示にしたがうだけでよかった。ピーという通知音が鳴ると、およそ15秒以内に仕事を受けるかほかのドライバーに任せるかを判断する。
地図上の指示に沿って客のいる場所まで行き、客を車に乗せ、また地図の指示どおりに車を進め、目的地に行く。もし乗客が5分以内に現われなかったら、5ポンドのノーショウ・フィーを請求することができた。
ウーバーが仲介するので乗客とトラブルになることもない
黒人や白人など、客の人種はさまざまだった。親切な客、失礼な客、パーティー帰りの泥酔した客、神経質そうな会社の重役……。この仕事のもっとも楽しい部分はまちがいなく、多種多様な人と出会えることだった。仕事全体にサプライズの要素があり、ときにそれは病みつきになるほどの興奮を与えてくれた。
たとえば、仕事を引き受け、待ち合わせ場所に行き、その客が座席に身を落ち着けるまで、目的地を知ることはできない。乗客のフルネームはもちろん、客についてのいっさいの詳細はまったくわからないままだ。ある角度から見ると、これこそウーバーのサービスの非常に優れた点だった。
このようなシステムを構築することによって、「いつでもすべての人に信頼できるサービスを提供できる」と同社は主張した。これは、過度に乗客や事業者に有利になる状況を避けることにも役立った。さらに、クレジットカードの情報を盗もうとする運転手や、夜中の3時に女性客の自宅に押しかけるドライバーから乗客を護ることもできた。
ところが、仲介者によって乗客と分離されるこの三者関係のせいで、私たちドライバーは、普段であればきっぱり拒むような仕事を受け容れなくてはいけない場面に遭遇することもあった。