日本人はゴッホの絵が大好きだ。世界的な画家ではあるが、日本では展覧会が開かれるたびに大勢の観客を集める。なぜ日本人はこれほどまでにゴッホに魅了されるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが解説する――。
The Starry Night by Vincent van Gogh
The Starry Night by Vincent van Gogh(写真=MoMA's collection online/Works by Van Gogh by Faille number/Wikimedia Commons

日本人が好きな画家はダ・ヴィンチ、ピカソ、そして…

「世界の有名画家」「世界で人気のある画家」といったワードで検索すると上位3人はだいたい決まっている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ、パブロ・ピカソ、そして、フィンセント・ファン・ゴッホ。

この3人は美術の教科書に載る常連であり、また展覧会を開けば必ず観客を集める画家だ。

ダ・ヴィンチが知られているのは『モナリザ』を描いたから。そこに尽きる。

ピカソの場合は『ゲルニカ』をはじめ著名作品があるが、それよりも作品点数が多いからだろう。ピカソは生涯に3万点の作品を残したとされている。1年に300枚の絵を描いたとしても10年で3000枚。ピカソは不眠不休で絵を描いていたと思われる。作品点数が多いため、世界各地の美術館が収蔵している。各地で同時多発的に展覧会を開くこともできる。ピカソが知られているのは本物に触れた人が多いからだろう。

では、ゴッホの人気はどこからきているのか。1958年の「フィンセント・ファン・ゴッホ展」に始まり、今や日本のどこかで毎年のように大規模な展覧会が開かれている。2021年の「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(東京都美術館)では、感染対策で事前予約制だったにもかかわらず、30万7750人もの人々が押しかけた。

コロナ禍前の展覧会でも来場者は35万人程度だったというから、日本人のゴッホ愛は相当なものだ。

挫折し、失恋し、絵は売れない不遇な人生

たしかに、『自画像』『ひまわり』『糸杉』『星月夜』と傑作は数多い。しかし、ゴッホの場合は作品よりもむしろ彼の人生に惹きつけられる人が多いのではないか。

ゴッホが生まれたのは1853年。父親は牧師だ。彼自身は美術商に勤めた後、教師、伝道師といった職業に就いた後、画家を志す。それが27歳の時だった。そして自殺に至ったのが37歳。創作活動の期間はわずか10年しかない。それでもゴッホはスケッチまで含めると作品約2100点を残している。

彼の人生は重い。当初は父と同じように信仰に生きようとするが挫折する。人づきあいが上手ではなかったこともあって、孤立する。好きな人もできたが、失恋する。画家として暮らしていこうとするのだが、作品は売れない。画家ゴーギャンとの友情が芽生えるが、不和となり、衝動的に耳を切る。晩年は入院し、療養の日々が続く。それでも彼は絵を描いた。絵を描くしかなかった。