先進国にはほとんどない「還元乳」

もう一点、実は、食中毒事故が発生したのは、生乳から製造する「普通の」牛乳ではなく、脱脂粉乳とバターと水から戻した「還元乳」であったことにも注目しなくてはならない。

つまり、普通牛乳で赤字になる分を、還元乳の販売によって回復する構造が、この食中毒事故につながったのである。

しかし、脱脂粉乳に異常が生じて牛乳で食中毒が起こるというのは、普通の先進国ではほとんどあり得ないことなのである。

なぜなら、還元乳はほとんど存在しないからである。

通常、還元乳は生乳が不足している途上国で見られる現象で、十分な生乳供給のある先進国の中では我が国だけの特異な現象なのである。

他の国々のように余剰乳製品を海外で処分できない我が国にとって、還元乳が需給調整機能を果たすという役割も無視できないが、メーカーが還元乳でそれなりの利益を得られたのも事実である。

原価の安い還元乳が普通牛乳とあまり変わらない値段で売れたからであり、それは、多くの消費者が、それを還元乳と知らずに購入していたということでもある。

ここに大きな問題がある。

牛乳消費は全体としても伸び悩み、特に、問題となった「還元乳」消費は、「成分調整乳・加工乳」と記されているラインが示すように、しばらく落ち込んだまま回復しなかった(図表2)。

【図表2】事故後の数年間の飲用牛乳等の消費指数(平成12年度=100)
出所=『食の戦争

全般的な牛乳消費の停滞の要因は様々考えられるので、食中毒事故だけで説明できるものではないが、還元乳について言えば、その影響は決定的であった。

これほどまでに消費が回復しなかったのは、食中毒が起こったこと以上に、事故で初めて、それが還元乳であることが広く認識されたことが原因なのである。

つまり、それまでは曖昧な表示で消費者をごまかしていた、と指摘されてもやむを得ない。

このように消費者の反発も加わって、還元乳に対する拒否反応が増幅されたと考えられるだろう。