好転してきた日本の育児環境

私が実際に知っている昭和以降の社会では、最近になってやっと子どもは母親だけが育てるものではないという意識が持たれるようになってきたように思います。保険会社が、ゼロ歳から6歳の子どもがいる人を対象にして行った「育休についての調査」(2021年)を見ると、育休を体験した男性の半分が「子育ての大変さが分かった」と答えているとあります。私が若い頃は男性の育休など思いもよらないこと、いやそもそも女性が外で働くことをよしとしない男性が主流だったのですから、世の中よい方に変わってきたなあと思います。

まじめな育児に疲弊する母親

子どもの世話は、確かに大変と言えば大変です。実は私の一番の幸せは、ぐっすり眠ることなのです。逆に言えば、一番辛いのは眠りたい時に眠らせてもらえないこと……。

中村桂子『老いを愛づる 生命誌からのメッセージ』(中央公論新社)
中村桂子『老いを愛づる 生命誌からのメッセージ』(中央公論新社)

ですから、赤ちゃんの夜泣きは本当に辛かったですね。当時は、アメリカから「科学的育児」が導入されて、授乳は3時間おきにしましょうと先生に言われ、しかも抱っこしすぎると甘えた子どもになり自立心が育たないので、できるだけ抱かないようにとの御指示です。

何しろ新米ですから、先生のおっしゃることは守らなければならないと真剣です。夜中に起きてミルクを飲ませ(当時は、母乳でなく成分がはっきりわかっているミルクを飲ませなさいと言われたのです)、それだけでも辛いのに、そのうえ夜泣きをされたらこちらが泣きたくなります。本当は可愛いとわかっていながら、あまり続くとどこかへ放り出したくもなってきます。

虐待を食い止める社会のつながり

子どもへの虐待という話を聞くと、そんなとんでもないことしないでと思う一方、私も心の奥では、眠くて仕方がないのにいつまで泣いてるのといらいらしたことがあったのを思い出します。ここで自制心がはずれたら、本当に放り出したのだろうなと思います。そんな小さなきっかけで、虐待にまで行ってしまうこともあるのかもしれないと想像すると、ちょっと恐いです。虐待をする親は、自分が小さい頃にひどい目に遭わされた体験がある場合が多いと聞きます。でも、人間には虐待する人としない人の二種類があるわけではないと私には思えます。誰もが持つ迷いを解決できるような状況をつくることが大切なのであり、子どもを育てている時の大変さを周囲が理解し、できるなら手を貸せるような社会にしなければいけないでしょう。