店主の本音は「大概の客には味がわからない」
それでも、最初はお客が来ることが嬉しい。やがて、グルメ本に掲載され、テレビに取材されるようになる。お客はどんどん増える。その頃には、店頭に店主の写真が鎮座することになる。
やがて「大概の客には味はわからない」とばかりに、原価率を抑えて、だんだんまずくなる店が出てくる。「大概の客には味がわからない」というのが店主の本音である。
舌の肥えている人はほんの一握りで、ほとんどの客は、なんとなく有名だからという理由で来ている。店主は「どうせ味はわからないのだから」と、どんどん手を抜いてしまう(実はわずかだが、味のわかる客も来ているのだが……)。
まずくなるパターンにはもう一つある。のれん分けや支店をたくさん出しているうちに、“ラーメン店の親父”から実業家になっていくのである。
もちろん、その過程でテレビには何度も出ている。店主の顔は、店頭だけでなく、料理雑誌の広告などにも進出してくる。「おいしいものをお客に食べてもらいたい」より「利潤追求、コスト・カット」が大事な目標になってくる。
加えて“社長”の気持ちとは裏腹に、支店の店長は「安い給料で、人より頑張ることはない」という気持ちになり、材料にも調理にも手を抜き始める。味は必然的に落ちる。
おいしいラーメンを作るのは、社長が見回りに来る日だけになってしまう。
うまいラーメンを、こつこつと作り続けているラーメン店は本当にわずかだ。そういう店主は、自分を売ろうという気持ちは少ない。だから、あまり店頭に自分の写真は置かないものだ。
また、マスコミに取り上げられて、チャラい客が押し寄せても困るので、基本的に取材は受けない(マスコミに出なくても、常連客がたくさんついているから困らない)。
私の郷里・久留米市(福岡)は豚骨ラーメン発祥の地だが、そこで一番の人気店の店主は、毎朝4時台に起きて、5時から仕込みを行っている。主人は、仕事のできる締まった顔をしている。
厨房に朝4時台に電気が点いているのも、主人の面構えも、ちゃんと「見た目情報」として発信されている。