さらに驚く光景があった。客が自ら食器を下げに行ったり、おしぼりでテーブルをきれいに拭いたりしているのだ。
なぜそこまでするのだろう。話を聞き進めていくと、客にとってこの店は実家のようにくつろげる「居場所」になっていることがわかった。
オーナーは元AKB48メンバー、8年間で多様化した客層
店の名前は「焼肉IWA」。オーナーは元AKB48の内田眞由美さん。2014年4月、当時20歳の若さで、5000万円の借金を背負い開業した。
「アイドルファンが好んで集まる店でしょ」という色眼鏡で見る人もいるだろう。話を聞くと、オープン当初はその色も強かったようだ。ただ、月日とともに客層も変化し、今ではアイドルファンではない客も定着している。
この店はオープンから間もなく9年目を迎える。飲食店は一般的に3年で7割が廃業すると言われており、コロナ禍ではさらに厳しい。そんな逆風が吹き荒れる中、IWAはここまで生き残っている。
「無駄にお金を使わずに基本的には貯めています。そのおかげで業績が悪かった3、4年目もしのげたし、今のコロナ禍でも蓄えを削ることで何とかやれています」と、内田さんは話す。
内田さんの大切な拠り所でもある
堅実な経営に加えて、店の風土づくりにも力を入れてきた。
上述したように、単純にアイドルファンが盛り上がるだけの店ではなく、あらゆる客にとって心休まる場所となっているのはその表れである。そして、客だけではなく内田さんにとってもIWAは拠り所になっている。
「長い間経営をやってきて、責任感は強くなりましたし、店のために体を張るようになりました」
内田さんは続ける。
「今、店は大変だけど、お客さんが助けてくれています。オンラインショップで焼肉セットを注文してくれたり、クラウドファンディングで応援してくれたり。ずっとお客さんに救われているから、店を守ることで恩返ししなきゃと思います」
いかにしてIWAは人々の居場所となっていったのか。その軌跡を追った。
アイドル卒業後のキャリアを考えて決断
内田さんは07年、5期生としてAKB48グループに入った。彼女を一躍有名にしたのは、10年9月に開かれた「AKB48 19thシングル選抜じゃんけん大会」での優勝だ。
それによって与えられた楽曲「チャンスの順番」で念願のセンターポジションに立った。ただ、それが内田さんにとって最初で最後のセンターとなった。