東証も「目の前の客」に配慮している
M&Aを行う企業の情報が株式売買部門に公表前に流れ、その情報を使って売買すれば、典型的なインサイダー取引である。インサイダー取引規制が導入される前の1980年代前半には、そんな情報を、「早耳情報」として仕入れて株式の売買を行うことが当たり前に行われていたし、顧客も証券マンにそんな「早耳情報」の提供を求め、「確実に儲かる銘柄」を知りたいと思ったものだ。だが、「金融ビッグバン」と言われた2000年前後のグローバル・ルールへの規制の統一を機に、そうした伝統的な仕組みは姿を消したはずだった。それがまだ残っていたとしたら、SMBC日興証券の信用は地に落ちることになるだろう。
東京証券取引所はこの4月から市場改革を行い、「東証1部」「東証2部」「東証マザーズ」などの市場区分が刷新され、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」がスタートした。これまで2185社もあった「東証1部」の位置づけが曖昧になったとして、「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」として「プライム市場」を設けた。つまり、世界の投資家が売買対象にするような選りすぐりの銘柄を「プライム」と位置付けようとしたのだ。
ところがである。その2185社の1部上場企業のうち、何と85%に当たる1841社が「プライム」に横滑りしたのである。これも東証が「目の前の客」に配慮した結果と見ることができる。
取引所までもが「証券界の古い体質」を引きずっている
本来、証券取引所の最も重要な顧客は株式などを売買する「投資家」である。市場改革も投資家にとって使い勝手の良いものにできるかどうかが焦点だった。ところが、東証は株式を上場させて毎年費用を払ってくれる上場企業の利益を優先したのだ。「目の前の客」である。
投資信託や年金基金などの機関投資家は、これまで「東証1部」の銘柄を投資対象とし、「東証2部」に陥落すれば投資しない姿勢を取っていた。つまり、「プライム市場」から外れれば、機関投資家の投資対象から外れてしまうのではないか、という危機感が上場企業側にあった。グローバルな投資家を相手にできる力があるかどうかよりも、投資対象から外れて株価が下がることを恐れたのである。ほとんどの企業がこぞってプライムへの移行を希望した。この声を東証は無視できなかったということだろう。
結局は東証1部の看板を掛け替えただけに終わったわけだ。本来の最も重要な顧客である世界の「投資家」の期待を集めることはできていない。日本の市場の中核である取引所も証券界の古い体質を引きずっているということなのだろう。SMBC日興証券の事件にせよ、東証改革にせよ、これでは日本の証券市場が世界から見向きされなくなっていくことになりかねない。