出口の見えない介護生活

こうして懸命の介護を続ける中野さんだったが、利用できる制度を駆使しても、最新の医療機器を導入しても、出口の見えない介護生活に耐え切れず、睡眠障害に悩まされた。2016年12月には心療内科を受診。双極性障害と診断され、現在も通院と大量の服薬、週1回メンタルヘルスの看護師の訪問を受けている。

2018年6月ごろからは腰が痛み始め、徐々に歩けないほどになり、松葉杖をついて歩くように。病院を受診すると、「広域脊柱管狭窄症」と診断され、リハビリを開始。ところが、症状は悪化の一途をたどり、歩行器を使い始めた。

同じ年の12月、中野さんが何度目かの排尿障害を起こすと医師は、「すぐに手術をします。入院してください」というが、妻を1人で自宅に置いておくわけにはいかない。事情を説明し、妻を入院させる手続きをしてから、自分も入院した。

結局、2019年1月に入院、手術を経て、2月に退院。

中野さんが「広域脊柱管狭窄症」と診断されたとき、妻のケアマネが「広域脊柱管狭窄症も国指定の難病のひとつなので、65歳を待たずに介護保険の対象者になりますよ」と助言。中野さんは介護認定調査を受け、入院中、病院での介護認定調査では介護2と判定された。公的サポートが利用できることは朗報だったが、そうとも言えない部分も大きかった。

「在宅介護は、“家庭”という非常にプライベートな空間に、個性も価値観も行動パターンも出自も知らない、ひょっとしたらどう頑張っても理解し合えないかもしれない第三者、赤の他人であるヘルパーさんが入り込んでくるため、“家庭”が“作業場”に変化してしまうことを意味します。介護業界では“介入する”と言うようです。“軍事介入”という言葉はニュースで耳にはしましたが、まさか自分の家庭ごときで“介入”という用語を使うとは夢にも思いませんでした」

24時間介助が必要な妻のために、夜間も休日も関係なく、ヘルパーが自宅を出入りする。「仕方がない」と頭では理解できていても、感覚的には「受け入れがたい」生活を続けるうちに、中野さんの精神はむしばまれていった。

一人酒する男性
写真=iStock.com/yamasan
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「プライベートな生活に“介入”されて、普通の家庭生活はできなくなる……。この感覚や現状を、どう説明しても理解できない妻に怒鳴ったことがあります。『わが家はもうわが家じゃない。ただの作業場になってしまった』と……」

妻は何も言わず、ただ申し訳なさそうな様子を見せた。

2019年7月には、自傷行為や自殺未遂もしたという。しかし、妻を遺して死ぬことはできなかった。

「私の事業がなかなかうまく行かなかった時期があり、アルコール依存症に陥り、リハビリ施設にお世話になったことがあります。事故で大腿骨頸部を骨折し、3カ月入院したこともあります。癌を疑われた胃潰瘍で、手術入院をしたこともあります。何度も病気にかかりましたが、いつも妻が励ましてくれました。妻が難病にかかり、私が面倒をみなければならないと分かった時、私は妻に『人生はあらなえる縄の如し』と言いました。今度は私が恩返しする番だと言う意味で口にしたのです」