「妊娠すると強制送還される」

——大阪で暮らすベトナムの人たちについて、思うことはありますか?

スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)
スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)

ベトナム人が日本で働く方法がもっと簡単になって欲しいと思います。移民の人たちが仕事をするのにいろいろと許可が必要なケースが多くて、でもこれはベトナムだけでなく、他の国から来た人にとってもそうだと思います。技能実習生はたくさんの契約で縛られています。「あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない」というルールを、政府ではなく、彼らを派遣するベトナムの企業と受け入れる日本の企業だけで決めてしまいます。「仕事をしている間、絶対に妊娠してはいけない」とか。妊娠してしまうと強制送還されるんです。

——普通に働きたいだけなのに過酷な状況に置かれてしまうというのはおかしいですよね。

そう思います。アメリカに滞在した経験と比べると、日本はどんなことをする上でも、たとえば携帯電話の電話番号を持ったり、WiFiルーターを借りるだけでも在留カードが必要となり、ハードルがすごく高いのです。ただ、私はアーティストなので、労働者の置かれている環境とは違います。ハードワークをする必要もありませんからね。外国人に対するステレオタイプな見方もなくなって欲しいですし、同時に、私に対して「ベトナムに帰れないかわいそうなアーティスト」という視線が向けられるのも望んでいません。

——本当にそうですね。ステレオタイプな考えは差別を生み出す要因にもなりますね。

世界が一つの国家であったらと夢想したりすることもあります。状況に対する不平不満や比較ではなく、大阪の人々や、大阪に住む若いベトナム人たちと考えや問いかけを共有したいと思っています。旅行者のように短期間ではなく、大阪に1年以上という長い期間滞在することになって、国境や国籍といったものがなんであるかということを、私は自分自身に問いかけています。

ベトナム人は「過酷な環境の人たち」というステレオタイプ

インタビューを終えて数日の間、ドゥックさんが言った「ステレオタイプな見方がなくなって欲しい」という言葉が私の頭を何度もよぎった。まさに私はドゥックさんを「かわいそうなアーティスト」という偏見で見ようとしていたのではないか。そして、日本にいるベトナムの方々を「過酷な環境に置かれた人々」としてばかり見ようとしていた気がする。

ベトナム食材店を1軒ずつめぐり、お店の方やドゥックさんと対話して感じたことは、一人ひとりが違う人間で、違う表情と違う声で語っているという、ただただ当たり前のことであった。のんびりと店番をしている様子が楽しげに見える瞬間もあったし、そしてまた、少し体調をくずしただけで不安にさらされる状況と隣り合わせでもあるのだろうと思えた。海外からやってきて大阪で暮らす人々を少しでも身近に感じられるよう、自分の理解の解像度をもっともっとあげていかなくてはと思った。

ドゥックさんはまた新しい展覧会を開くべく準備を進めていた。それまでに一緒にお酒を飲みながら食事でもしようと約束したので、まずはその日を楽しみにしたいと思う。

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