携帯電話のGPSは役に立たなくなった
セント・トーマス島に予約していたコテージを探すために、フォトグラファーのエミリーと私がレンタカーの青いジープで出発したのは夜の8時過ぎだった。所番地はわかっていたが、山奥に入り、道の傾斜が急になればなるほど、爪が膝に食い込んできた。携帯電話のGPSは役に立たなくなった。でこぼこの急坂の、しかも左側を走るなんて私だったらはじめから無理だ〔セント・トーマス島はアメリカ領だが車は左側通行〕。ふだんの右側通行のときですら運転が苦手なのに。
その夜はふだん沈着なエミリーでさえ、どこに向かっているのか、本当に着けるのか不安を表すようになった。
そのすばらしいアイデア——少なくともはじめはそう思っていた――を思いついたのは私だ。ありきたりなホテルなんかやめて、崖の上にあって大きな窓とテラスがついていてカリブ海を180度見晴らせるエアビーアンドビーの快適なコテージに泊まって、エミリーに喜んでもらおう、って。
サイトの説明文は申し分ないし、写真は息を吞のむほど美しいし、値段も手ごろだった。うまくいかないわけある?
島の情報通「アイランド・マイク」が同行
オーナーには何度か電話したが、道案内はこんな感じだった。「青い家のある突き当たりまで行ったら、郵便受けのまえを右に曲がり、牛のいるところをまた右に曲がって。白い壁が見えてきたら、そこにうちへの私道があるの」
セント・トーマス島の細い山道をとにかく進んでいくうち、アルフレッド・ヒッチコックの映画『泥棒成金』で、グレース・ケリーがパウダーブルーのコンバーチブルのハンドルを握り、海岸沿いのフレンチ・リビエラを全速力で駆けるカーチェイスのシーンが浮かんだ。
一歩まちがえれば、山の斜面に飛び出してしまいそうだ。急な坂をのぼりきったら、目を閉じて息を止めなければならない。そこからの下り坂ではカリブ海に突っ込みそうな恐怖でダッシュボードをつかんでうめくしかなくなるから。
先導する車がなかったら、目的の家はおろか、町へ引き返す道もわからなかっただろう。島に住む情報源たちと数カ月前から話をするうち、そのなかのひとり、私が「島のマイク」と呼ぶ情報源が、私たちふたりでは崖の上にある家をうまく見つけ出せないだろうと予測して同行してくれたのだ。