社長の金儲けのために働く人はいない

クリスマス直前に、最後の研修をした。

社長は決して最後とは言わなかったが、私は資金繰りを知っていたので、翌月は研修ができないことが明らかだった。顧問料が入ってこないことも分かっていた。プレゼントのつもりで、最後の仕事に臨んだ。

寒い土曜日だった。冬至に近い季節、しかも雨天とあって、午後4時でも外は暗かった。

すっかり人数の減った社員を見渡し、最初に、一人ずつ、今の思いを語ってもらうことにした。このことは、その後の私のコンサルタント人生に大きな影響を与えている。

一人目は、ベテランの男性社員。口ごもりながら、ゆっくり話しはじめた。

「長年お世話になった会社だし、仕事も面白い。自分にはある程度の蓄えもあることだし、この仕事を続けられたらと願ってはいます。しかし、そんな自分でさえ、時々見失うんです。自分が何のためにこの仕事をしているのか、なぜ毎晩遅くまで忙しくしているのか、分からなくなってきました」

何のために、という言葉が刺さった。

社長は、資金繰りに困るようになって、とにかく稼ぐことに必死になった。もともと志がなかったわけでもないだろうが、資金繰りに困った会社はとにかく稼ぐことが第一となりがちだ。

社長の「セルシオ」に向けられた厳しい視線

続けて立ったのは、まだ入社2年目の女性。

彼女の言葉を、私は一生忘れない。彼女は開口一番、こう言ったのだ。

「社長のセルシオのために働いていると思うと、アホらしくって働けない」

社長の高級車は私も知っていた。銀行回りのとき、同乗させてもらったことがあったからだ。だが、あの車が彼女にそんな思いを抱かせていたとは、想像だにしなかった。

暗いオフィスに残る女性
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実際のところ、若い彼女は会社の全体を当然知らない。会社を立て直すには、億単位のお金が必要だった。たかだか数百万円にしかならない中古のセルシオを売ったところで何の意味もない。

しかし、一社員の目から見ると、あの車は贅沢の象徴だったのだろう。それを売って、数万円でも良いから給料を払ってほしかったのだろう。