誤診をおそれて「言い切り」を避ける医師も

個々の問題点を指摘する前に、この「みなし陽性」に関する岸田内閣の認識が示された答弁書をここに掲げておこう。山本太郎衆議院議員の質問主意書に対してのものだ。「霞ヶ関文学」にて複雑かつ難解だが、ご興味の方は参照されたい。

それでは個々の問題点を指摘していこう。まずは「みなし陽性」とされた人の届け出だ。政府によれば、医師の記載する届出書類では「患者(確定例)」ではなく「疑似症患者」に丸をつけて提出せよとのことだ。答弁書では、確定例にも疑似症に対しても適用される法律の規定は同じであり、同じ扱いとするとされたが、医師として患者さんから会社や学校に出す診断書の発行を求められた場合、診断名として「新型コロナウイルス感染症」と書き切ることができるかどうか。

検査結果という客観的証拠がないため、もし誤診であったことが後日判明した時のことを考えれば躊躇する医師がいても不思議はない。私は「みなし陽性」診断をするつもりはないが、仮におこなって診断書の発行を頼まれた場合には「新型コロナウイルス感染症の疑い」と書くことになるだろう。

保険会社とトラブルになるおそれもある

疑似症者に対する傷病手当金等の給付については、政府の答弁書を踏まえれば確定診断者と同様に扱われることになるとは思うが、民間保険会社の対応は、現時点ではまだ業界各社共通の方針としては明確に固まっていないようである。「医師の診断があれば」ということになろうが、例えば疾病入院給付金支払いについては「PCR検査または抗原検査で陽性」が現在も条件のひとつとされている。

また先述した理由から診断書に「疑い」と付記する医師も少なくないだろう。そうした場合、保険会社はいかなる対応をするだろうか。もし保険会社が認めないとした場合、「みなし陽性」とされて不利益を被ってしまった人と診断書を発行した医療機関がトラブルになることは目に見えている。医療逼迫を回避するためとしたはずの政策によって、医療機関がトラブルに巻き込まれ、かえって余計な負荷にあえぐことにもなりかねないのだ。

それだけではない。「誤診」によって患者が肉体的、精神的、社会的に不利益を被っても、決してこの「みなし陽性制度」という“いいかげんな政策”を決めた国は責任など取ってはくれない。すべての責任は診断を下した医師に負わせられるか、患者が泣き寝入りすることになるだろう。

答弁書でも、患者に不利益が発生した場合の責任の所在については、「『不利益』の具体的に意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難である。」として岸田政権は頰かむりを決め込んでいる。