変異するウイルスに「みなし陽性」は適さない

具体的に言えば、季節性インフルエンザの流行期において、インフルエンザとの診断が確定している患者さんの同居家族が、最初に診断された人の発症日から数日以内にインフルエンザと診断して矛盾のない症状、すなわち発熱、関節痛、咳などを生じた場合は、仮に検査結果が陰性であっても感染者として診断するということは日常的に行っていた。

そしてこのような患者さんには、検査をいちいち行わずにインフルエンザ患者さんとして診断を確定し、必要に応じて抗ウイルス薬を処方もしたし、学校や職場に「インフルエンザ」との診断名で診断書を発行することも当然のように行っていたのである。

このように極めて感染の蓋然性の高い人については、検査をして陰性と出た場合などにかえって混乱を来してしまうこともあるため、あえて検査をしないという選択肢も十分にあり得たわけなのである。ただし、これは季節性インフルエンザという、毎シーズンわれわれ臨床医が長年経験してきて、その典型的な症状や臨床経過を熟知している疾患であるからこそ行える診断法であって、年間何度となくウイルスが変異したり、変異のたびに症状や重症度が変化するような感染症、そして何より無症状から肺炎にいたるまで多彩な症状を呈する疾患に応用することは適切とは言えないし、そもそも想定すらしていなかった。

マスクをした若い女性の顔をクローズアップ
写真=iStock.com/west
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同居家族の中で陽性と陰性が混在する可能性も…

つまり今回の「みなし陽性」を新型コロナに応用することは、想定外の使い方なのだ。新型コロナは本邦に上陸後2年を経過するなかで、変異を繰り返し続けているウイルスだ。その変異のたびに「特性」も変化し、主たる症状も典型的であると一概に断じきれない難しさがある。感染の可能性が高いといえる症状を何とするか、個々の医師でもバラつきが生じかねない。

例えば家庭内に感染者が発生した場合、その同居人の中に「有症状者」が発生したとする。今回の「みなし陽性」というのは、この同居人を医師の判断で検査無しで「感染者」として“診断”できるとするものであるが、ではその症状がいかなるものであれば感染者と言えるだろうか。体温が37.5度を超えれば感染者とするか。いや38度以上か。発熱がなくとも咽頭痛があれば感染者とするか。39度以上の発熱はあっても咽頭痛がなければ感染者と判断しないか……などなど。

「そんなことは知ったこっちゃない、医者がその都度判断すればいいだけの話じゃないか」という向きもあろう。しかしこの「診断」をめぐっては、臨床上の問題はもちろん、そのほかさまざまな問題が絡んでくるのだ。同居家族の中で、陽性とみなされる人と陰性とみなされる人が混在する珍事態が生じてしまう可能性もある。家族から仕事や学校の都合を理由に、陽性もしくは陰性と判断してほしいと頼まれることも容易に予測され得る事態だ。