人間の生活と切っても切り離せない菌類の活動

菌類が世界を救う一つの方法は、汚染された生態系の回復だろう。菌類による除染(マイコレメディエーション)として知られるこの分野では、菌類が環境をきれいにするための協力者になった。

人類は数千年にわたって物質の分解に菌類の手を借りてきた。ヒトの腸内に棲む多様なマイクロバイオームは、進化史上においてまだ私たち自身に消化できない食べ物があり、これらの微生物に手伝ってもらっていたころの名残りなのだ。

それでも消化できなかったとき、私たちはそのプロセスを樽、壺、堆肥の山、発酵槽にアウトソーシングした。ヒトの暮らしは菌類を使ったあらゆる形態の体外消化に依存している。酒、醬油、ワクチン、ペニシリンから、炭酸飲料に入れるクエン酸まで挙げればきりがない。この種のパートナー関係――それぞれの生物が片方だけでは歌えない代謝の「唄」を一緒に歌う――は、最古の進化上の原理の一つを定める。マイコレメディエーションはその一つの特殊なケースにすぎない。

そして、この手法は非常に有望でもある。菌類は有毒な煙草の吸殻やグリホサート系の除草剤以外にも広範囲の汚染物質に対してすばらしい食欲を持つ。菌類学者のポール・スタメッツは著書『菌糸体のネットワーク(Mycelium Running)』で、ワシントン州のある研究所に協力したことについて述べている。

研究所は、アメリカ国防総省と共同で強力な神経毒を分解する方法を開発中だという。その化学物質――メチルホスホン酸ジメチル(DMMP)――はVXガスの致死性成分の一つだった。VXガスはイラン・イラク戦争中の1980年代後半に、サダム・フセインが製造し使用した。

スタメッツは共同研究者に28種の異なる菌類種を送り、これらの菌類は濃度を段階的に高くしてこの化合物に曝露された。6カ月後、それらの菌類のうち二種がDMMPを主要な栄養源として摂取することを「学習した」。カワラタケ属(Trametes)とシビレタケ属(Psilocybe)の菌だった。

後者はシロシビンを含む既知の種ではもっとも強力で、スタメッツが数年前に発見して青い(azure)柄(え)にちなんで命名したものだ(のちに彼は息子をその名称(Psilocybe azurescens)にあやかってアズレウス(Azureus)と名づけた)。どちらも白色腐朽菌である。

木製菌
写真=iStock.com/Mantonature
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電子機器のゴミから金を回収することもできる

菌類の文献にはこのような事例が数百も掲載されている。菌類は、土壌や水路に通常含まれ、ヒトその他の生物にとって危険な多くの汚染物質を安全な物質に変換することができる。殺虫剤(クロロフェノールなど)、合成染料、爆薬(TNTやRDX)、原油、一部のプラスチック、下水処理場では除去できないヒトや家畜用の種々の医薬品(抗生物質から人工ホルモンまで)を分解することができるのだ。

マーリン・シュルドレイク『菌類が世界を救う』(河出書房新社)
マーリン・シェルドレイク『菌類が世界を救う』(河出書房新社)

基本的に、菌類は環境除染に最適な生物であると言える。菌糸体は数億年という進化の時間を「摂食」というただ一つの目的の微調整に使ってきたのだ。それは身体を持つ「食欲」である。

石炭紀に植物が栄えた数億年前、菌類は他の生物の残骸を分解する方法を見つけて生きてきた。菌類は腐敗が起きているアクセスの悪い場所に、菌糸体の高速道路を細菌に提供して送り込み分解を速めることすらできる。とはいえ、分解は菌類の能力のほんの一例だ。

菌類は重金属を体内に蓄積し、安全に除去し廃棄することができる。目の細かい菌糸体は汚染水のフィルターにもなる。菌類による濾過(マイコフィルトレーション)は、大腸菌など感染症の病原体を除去し、重金属をスポンジのように吸収する。フィンランドのある企業はこの手法によって電子機器のゴミから金を回収する。

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