「ホームレスの人から大きなものをもらった」
芝浦工大では大好きなフィールドワークにも取り組んだ。街を歩いていると、桜蔭時代、放課後に散歩していたことを思い出した。卒業論文のテーマは「豪雪地帯における高齢者の冬季移住」。さらに深く研究するために東工大の大学院に進むことも決めた。
しかし……。
「私が大学院に進んだちょうどその頃、父は病でこの世を去りました。本当に突然でした」
梨奈さんが建築に興味をもつきっかけをつくってくれたのも、父だった。医師として多忙な毎日を送っていた父は、たまの休暇には家族と共に各地を旅行した。時には、海外で開催される学会に、梨奈さんたちを同行させてくれることもあった。
梨奈さんは見知らぬ街の珍しい建築物に目を奪われた。
早すぎる父の死に、梨奈さんは大きな喪失感にとらわれた。まるで自分だけが社会から疎外されているような、自分の気持ちをわかってくれる人が誰もいないかのような……。
一種の孤独感をもったまま、梨奈さんの大学院生活が始まった。所属した研究室で出合ったのが「ホームレスの人々に関する調査と政策提言活動を行う市民団体」だった。
大学時代から、社会制度からこぼれてしまっている人々も穏やかに暮らしていける街づくりに関心をもっていた梨奈さん。同団体の活動に携わる中で、ホームレスの人々の中にも、「どうせ誰にもわかってもらえない」という孤独感を抱えている人がいるのではないかと思った。
誰しもが、社会との関係性をうまく築けないことがあるのではないかとも感じた。そして、苦しんでいるのが自分だけではないと知った。
「ホームレスの人々から、大きなものをもらった気がします」
まもなく1歳になる長男を抱っこしながら、梨奈さんは笑顔でそう振り返る。