注目すべき東大とのアライアンス
加えて、国内の大学や研究機関との協力にも注目したい。とりわけ、2019年11月に東京大学とTSMCが発表した、先端半導体技術の共同研究のための提携「東京大学・TSMC 先進半導体アライアンス」は重要だ。この提携があったからこそ熊本工場の誘致が実現したと、筆者は考えている。
同アライアンスの締結に先立ち、東大では新たな半導体研究センター「d.lab(ディーラボ)」を立ち上げた。d.labではTSMCが提供する開発支援プラットフォームを用いて、設計した半導体をすぐにTSMCの先端プロセスで試作できる態勢を整えている。国内の企業や研究機関と、最新の生産技術を持つTSMCとの間を取り持つ存在になることが期待されている。
東大とTSMCの共同研究活動も進められる予定だ。材料、物理、化学などの幅広い領域で相互に協力しながら、半導体技術全体のさらなる革新につながるアプローチも模索していくという。
TSMCの工場誘致と学術提携は、日本の半導体関連技術の強化や、人材育成機会の創出につながる。TSMCとの提携をきっかけに、日本は新しい技術大国としての生き残り/生まれ変わりを模索できると、筆者は信じている。
汎用性の高い22/28nm半導体
TSMC熊本工場と同時に、米アリゾナ州でもTSMCの工場が誘致されることが決まっている。生産されるのはFinFET型の5nmプロセス半導体で、12インチ(最高値の半額という300mm)ウエハー月産2万枚。アメリカ政府もアリゾナ工場の誘致に、上限で約5兆7000億円を準備しているとも報道されている。
「なぜアメリカには最新技術の工場が建設され、日本では10年以上前の旧世代技術の工場なのか」という問いの答えは、至って単純だ。日本には5nm FinFET技術で作られた高性能半導体を使いこなすだけの企業・工場がないのだ。日本ブランドの最新の携帯やパソコン、ゲーム機などは、台湾などのEMS企業が海外で受託製造していて、日本に工場はない。
「外国企業は日本の部品無しでは何も作れない」といわれているが、「日本も外国の半導体や製造協力がなければ何も作れない」のだ。いまでは純日本製の家電すら見当たらない。
しかしTSMC熊本工場で作られる22/28nm半導体の汎用性は高く、機械や設備などの制御基板、PC系デバイス、テレビや家電、携帯電話などの通信機器、ゲーム機器、車などの部品として使われる。九州工場の生産能力から出資者であるソニーの需要を差し引いた分の半導体が、国内の各企業に効率的に配分されれば、いま日本の産業界を苦しめている部品不足は解消され、研究開発や商品開発の分野でも大きなチャンスが産まれるはずだ。
脳波を使った医療器具を開発している私の友人からは、「半導体不足で試作品すら作れない状態だ。オリジナルICチップの製作も高額で、納期も2年待ち」という話を聞いたことがある。このように世界の半導体不足は、新規の商品開発を遅らせ、ベンチャー企業などチャンスを奪い、経済発展を停滞させているのだ。日本にその半導体の生産基地ができることは朗報以外の何ものでもない。