誘致批判派の的外れな議論
日本では、「TSMCの熊本工場は、日本の役に立たない」「なぜ一世代以上前の技術なのか。それに4000億円もの税金を投入するのはばかげている」と評論する人も多い。中には、「日本の技術を盗まれる」という危惧を口にする人までいる。しかしこれらはすべて、全くのお門違いである。
なぜ付加価値の少ない10年前の技術で合意したのか、なぜ4000億円の補助金がなければ誘致が困難だったのか。それを考えれば、日本の技術の流失を心配する前に、むしろ台湾側が、TSMCの先端技術が日本経由で中国に流出する可能性を心配していたかもしれないと考えるべきだろう。
では客観的にみて、TSMCの日本誘致は是なのか非なのか。まずはソニーにとって、JASMへの出資による事業参加にどのくらいメリットがあるのかを考えてみたい。
ソニーは必要とする半導体のほとんどを海外からの輸入に頼っていた。これが、自社が投資している国内工場から優先的に供給されるメリットは計り知れない。海外調達リスクや値上げリスクからも解放される。顧客からの要望に応じられる可能性や選択肢が増し、機会損失が大きく減ることは間違いない。
さらにJASMが掲げる「回路設計支援」が順調に進めば、これまでの調達体制では作れなかったような回路の開発が可能になることが予想される。さまざまなアイデアを形にできるこの機会創造は、ソニーのさらなる業績拡大につながるかもしれない。
台湾メディアでは2020年の夏ごろ、TSMCがソニー向けCMOSイメージセンサー(CIS)の専用工場を台南に設置するとも報じられた。これが事実なら、ソニーにとっても良い交換条件になったのではないだろうか。
日本の産業界全体に大きなメリット
次に、半導体需要や日本の産業界全体へのメリットについて考えてみたい。熊本新工場の生産能力は月産4万5000枚(300mmサイズウエハー)となる見込みだ。専門家の中には、ソニーの必要量は月1万枚程度だから、TSMCは余剰分の3万5000枚を海外に販売して丸もうけするつもりだろうと、了見の狭い分析をする向きもある。
しかし、この3万5000枚を日本国内の企業に優先的に分配することができれば、半導体を必要とする日本企業も海外調達リスクを大幅に軽減することができる。多額の税金を投入するのだから、これくらいは政府主導で行ってほしい。
車載半導体サプライチェーン(デンソーなど)への安定供給が進めば、自動車産業にも朗報だ。さらに、日本メーカーが開発から撤退し国内に生産拠点がない40nm未満の先端ロジック半導体について、設計やテストから生産までを行える基地が誕生することで、日本の半導体応用技術は飛躍的に発展する可能性がある。EV関連など、将来有望な分野での技術進化も期待できるかもしれない。
裏を返せば、日本の製造技術は、すでに自国で先端半導体の開発ができない状況に陥っていたのだ。