人間の細胞のほとんどに「体内時計」が存在する

ここまで「体内時計」という用語を何度も使ってきましたが、まだその正体を明らかにしていませんでした。

もしかすると、読者の方々のなかには、これまでも雑誌やメディアで体内時計という言葉を見たり聞いたりしたことがある人もいるかもしれません。とはいえ、それが具体的に何であるかはわからず、なんとなく「昼夜のリズムに合わせた体のリズムのことかな」というような抽象的なイメージを抱いているのではないでしょうか。

夜更かしをしたり、不規則な生活を送ったりしていると、体内時計が乱れて体によくないということは知っていても、「体内に時計がある」というのは、あくまでもたとえ話だと思っている方も多いことでしょう。

「まさか、本当に体内に時計のようなものがあるはずはないだろう」と思っているのではありませんか?

しかし、これまでの研究で、それが事実であることがわかっています。体内には本当に時計の働きをする仕組みがあるのです。しかも、その体内時計は人間だけでなく、昆虫から微生物に至るまで、地球上のほとんどの生物に備わっているのです。

人間の体を構成する何十兆個という細胞のうち、生殖細胞を除くほとんどに体内時計が存在しています。そして、それぞれの細胞内には、概日リズムを刻む「時計遺伝子」という遺伝子が存在しているのです。

「親時計」を司令塔に生理機能をコントロール

ここで重要なポイントが、「親時計(中枢時計)」と「子時計(末梢時計)」の存在です。いずれも約24時間のリズムを刻む時計遺伝子によってつくられていますが、親時計は脳の視交叉上核しこうさじょうかくという場所に存在し、内臓などの子時計の時間がバラバラにならないよう束ねる司令塔の役割を担っています。

【図表1】「親時計」と「子時計」が生み出す24時間周期の時間秩序
人間の生理機能をコントロールする「体内時計」の仕組み[出所=八木田和弘『「2つの体内時計」の秘密』(青春出版社)]

時計遺伝子は、まさに腕時計や置き時計が時を刻むのと同じように、約24時間周期のリズムをつくり出していることがわかってきました。体内時計は、遺伝子レベルで私たちの生理機能をコントロールする仕組みだったのです。

そのメカニズムを解明した3人の研究者は、2017年のノーベル生理学・医学賞に輝きました。体内時計と時計遺伝子は、今まさにホットな話題といってよいでしょう。

体内時計は、昼夜の環境変化に適応するために、生物が進化の過程で手にした優れた機能です。人間においては、睡眠はもちろんのこと、血圧、体温、ホルモン分泌、自律神経のリズムなど、さまざまな生理機能を「縁の下の力持ち」のように幅広くコントロールしているのです。