250円の幕の内弁当を奪い合う高齢者
――高度成長期に入居した住民たちが一斉に高齢化した結果ですね。
団地の住人の多くは「金の卵」と呼ばれ、集団就職で地方から上京してきた人たちです。当時は景気もよく仕事もあった。東京で世帯を持ったはいいが、定年退職する頃から日本全体の景気が傾きはじめて、社会から取り残されてしまった。それに上京して数十年経っていれば、故郷とは縁遠くなってしまっている。その結果、何が起きたか――。高齢者の貧困です。
毎週日曜日は、団地の前にあるスーパーの卵の特売日なのですが、1パック100円の卵を求めて、高齢者が長蛇の列をつくっている。早朝に250円の幕の内弁当を売り出す近所の量販店もそう。店員が売り場に並べた途端に、高齢の客たちが奪い合うように買い求めている。
年金だけでは生きていけないから、働きに出る人も少なくない。朝6時過ぎに団地近くを通ると、清掃の仕事をしていると思しきおばあちゃんが地下鉄の駅に向かって歩いて行く。あるいは夕方、警備員らしいおじいちゃんが自転車で夜勤に向かう……。
僕らが子供の頃に抱いていた高齢者のイメージとはまったく違う生活を強いられている。
軽井沢スキーバス転落事故の運転手は65歳だった
――昔は、60歳で定年して、孫の面倒を見つつ、年金でのんびり暮らすようなイメージでしたよね。
僕の祖父にしても60歳を前に事業を叔父に譲って、夕方は相撲を見ながら仕出しをつまみながらビールを飲んでいた。
でも、いまは働き続けなければ生きていけない。タクシーに乗っても高齢者が増えましたよね。80歳近いドライバーも珍しくない。
2016年1月に、軽井沢に向かうスキーバスが横転し、大学生13人が亡くなる、いたましい事故が起きました。65歳の運転手が夜通し運転し、深夜2時ごろに事故を起こしてしまった。高齢者が徹夜でバスを運転しなければならない社会ってどうなのか。いつからこんな国になってしまったんだと思いました。
20年ほど前から非正規労働者問題が顕在化し、生活に困窮する人が増えたにもかかわらず、国は有効な対策を打たなかった。非正規労働者の次は、老人を見殺しにするのか、と。
――登場人物のひとりが語った〈老人の数は飛躍的に増えているわ。でも、(注・介護)サービスを受けるには長蛇の列。このままじゃ日本は老人虐待国家になってしまう〉というセリフが印象的でした。介護問題に着目したのも、団地の風景がきっかけですか。
そうです。日常的に見る団地の風景に、違和感を抱いた瞬間があったんです。