「スーパーニッカ」を発売した竹鶴政孝
NHK連続テレビ小説「マッサン」が再放送の最終週を迎える。物語の幕引きで描かれるのは、亀山政春(玉山鉄二)が亡き妻エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)への感謝と思いのすべてを注ぎ込んでつくりあげたウイスキー「スーパーエリー」が、本場スコットランドでも高く評価され、特別賞に輝く場面だ。
年老いた政春は、受賞したそのウイスキーを携えて北海道・余市の丘にあるエリーの墓へ向かい、ふたつのグラスに注いで墓前に献杯する。その1本を手に、エリーと過ごした日々を振り返る。この「妻の名のウイスキー」には、はっきりとした史実のモデルがある。1962(昭和37)年に発売されたニッカウヰスキーの「スーパーニッカ」だ。
ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝の妻リタは、本名をジェシー・ロバータ・カウンといった。スコットランド・グラスゴー近郊で竹鶴と出会って結婚し、はるばる日本へ渡って竹鶴リタとなった女性である。晩年のリタは病気がちで、余市の厳しい冬を避けて鎌倉や逗子で静養したり、小樽の市立病院や築地の聖路加病院などに入退院を繰り返したりしていた。出張続きで多忙を極めた竹鶴は、妻とゆっくり過ごす時間も取りにくくなっていたが、できるかぎりの治療を受けさせようと手を尽くした。
妻リタは戦後16年目に64歳で死去
ニッカの業績は伸び、1956年に黄綬褒章、1960年に紺綬褒章を受けるなど、竹鶴は事業家として絶頂期にあった。だが、その同じころ、最愛の妻の病は重くなっていた。
結核を患い、晩年は持病の肝硬変が悪化して、リタは1961(昭和36)年1月17日、64歳で余市の自宅でその生涯を終えた。竹鶴は妻の最期を看取った。悲しみはあまりに深く、出棺は見送ったものの火葬場へは行かず、丸2日間、自室から一歩も出なかったという。竹鶴はのちに自伝『ウイスキーと私』で当時の胸のうちを綴っている。
英国留学中の自分と結婚し、見知らぬ国・日本までやって来て、自分より若いのに先立った妻が「かわいそうでならなかった」。もし英国人と結婚して英国で暮らしていたら、リタの妹たちのように今も生きていたのではないか。戦時下に敵国人として厳しい目にさらされた歳月が妻の寿命を縮めたのではないかという悔いは、長く竹鶴を苦しめた。
「マッサン」でも描かれたように、戦時中、リタは英国出身というだけで軍部から目をつけられ、白い目で見られるということもあったという。
ニッカウヰスキー北海道 余市蒸溜所 (@nikka_yoichi) January 17, 2026