会話しながらの散歩は不本意

散歩も同様。カントは毎日決まった時間に、決まった歩調で散歩をしたといわれ、街の人々はカントが家の前を通ると時計を確認して、いつもと時間が違ったら、時計のほうを直したと言われるほどです。

もっとも上には上がいるもので、カントの友人で英国商人のグリーンは、カントと散歩の約束をしたのですが、その折にはカントが少しだけ遅れました。

グリーンはカントの姿が見えていたにもかかわらず、約束の時間ちょうどに歩き出したといいます。カントが追いついたかどうかは知りません。

ちなみにカントは決まった速度で歩くよう努めていました。息が上がって口で呼吸するのは、体のためにならないと考えていたのです。そのため散歩の途中は決して口を利かなかったといい、挨拶されても帽子に手を当てるだけだったともいわれています。

自然の中を歩く女性ランナーの足元
写真=iStock.com/zoff-photo
※写真はイメージです

そんな彼が友人とはいえ、なぜ連れ立っての散歩を約束したのか、謎です。もしかしたらカントは、わざと時間をずらし、会話しながらの散歩という不本意を避けたのでは……とも思えます。稚気なのか狡知なのか、カントにはそんな計算高い面もありました。

自身には厳格で、他人には寛容な性格

そんなカントが、散歩を忘れたことがあります。街の人はカントの姿が見えないのでざわついたといわれますが、その時彼はジャン=ジャック・ルソーの『エミール』に読み耽り、時間を失念してしまったのです。

カントは自分が苦学しただけに、無知な状態にとどまっている人々を怠け者と軽蔑しているところがありました。しかしルソーを読んで、自分の非に気付き、人間への敬意を学んだと『美と崇高との感情性に関する観察』で述べています。

カントは決して人間嫌いではなく、『純粋理性批判』などの難解な書物から想像されるような気難しい人物ではありませんでした。自身には厳格でありながら、他人に対しては寛容で、交際を楽しむところもありました。他人の行為を批判したり、好意的な誘いを断って周囲と無用な軋轢あつれきを生じるのを避けていたのかもしれません。

講義では語り口がなめらかで、難解な問題も平易に説き、学生たちからとても評判がよかったといわれています。座談の名人でもあり、名士たちから招かれる機会が多かったばかりでなく、招くのも好きでした。